セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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伊豆大島ウルトラランニング・翌日(後編)

   
 カプセルホテルをチェックアウトし、役場前のバス停から午前10時台のバスに乗車、岡田港を目指す。ウルトラマラソン参加者や観光客で車内はぎゅうぎゅう詰め。土日を大島で過ごし、本土へ帰る人の群れ。大荒れの天気で、揃ってあてが外れたというところか。
 
 大島空港を経由して、港には半時間ほどで到着。
 私の乗る熱海行きの船は午後1時台の出港なので、それまで時間を潰さないとならない。といっても岡田港周辺は元町港に較べて、港の近くに数件の土産物屋や食堂、民宿があるばかりで、寂しい限り。それでも辺りをブラブラしてみる。
 東映映画のオープニングを想わせる波打ち際や、
 荒れた海に釣り糸を垂れるアングラーたちを見て、正午になり、また雨がぱらつきだしたので、港の側にある「一峰食堂」に入った。
 1階が土産物売り場で、食堂は2階にある。窓際に陣取り、灰色の海を眺望しながら、大島で最後の食事をする。
 島海苔をたっぷり使ったヘルシーなラーメンを注文。あっさりして美味。
 
 食事後、階下の土産物屋に入ってみると、千葉県のアベベさんに遭遇。両手に重そうな土産の袋をぶら下げている。
 アベベさんには昨日、茶屋エイドでリタイアを見届けてもらった。気になるのはその後のアベベさんだったが、「完走出来ました」とのこと。13時間くらいでゴールされたらしい。
 私と別れた後、ボランティアさんから大きなビニール袋を一枚貰い、それによってどうにか寒さを凌ぎきったという。アベベさん、おめでとうございます!\(^o^)/) 暴風雨を物ともしないその強靭な精神力、見習わんといかんなぁ……。

 アベベさんは東京行きの船に乗るそうで、しかも出港10分前だという(・.・;) 土産もん見てる場合かいな!
 「さあ、早よ行ってください」
 二ヶ月後、今度は島根県のウルトラマラソンで再会する予定のアベベさん。「じゃあ、「えびだい」で」と言い、大慌てで駆けていくその背中を見送ったのだった。次はわしも完走するで(笑)

 アベベさんを乗せた船が島を離れていった。それからしばらくして、港の待合室のスピーカーから放送が流れた。
 「これから金目鯛のアラ汁を振る舞いますので、みなさん、表にお集まりください」
 寒空の下、どびっきり嬉しい港の職員さんたちの心遣い。大鍋から立ち昇る湯気と香り。結構な量の金目鯛のアラが、刻んだ明日葉と一緒に煮込まれている。
 その旨いことといったら……大島で色々口にした中で、正直このアラ汁が一番美味しかった。島を離れる直前に、ほんまええもん食わせてもらった。感謝の一言。またやって来たいと思わせる一杯だった。
 アベベさんにも食わせてあげたかったなぁ(笑)

 そして熱海港行きの高速船の出港時刻がやって来た。
 たった二泊の短かった伊豆大島滞在。
 今回、完走メダルを持ち帰ることは叶わなかったけど、いつかリベンジしにやって来るつもりだ。でも、東京都の伊豆大島復興助成金は今年の3月までとなっており、次来る時は、宿泊費も船賃も高くなってしまうのよね。その点が難しいところで、島の人々や大会の雰囲気自体は非常に好ましく感じられた。
 ま、来年エントリーするか否かについては、今年いっぱいじっくり検討しようと思う。そして次回出場時は、たとえお天気が良かろうとも、念には念を入れて防寒対策だけはばっちりしてくるつもりだ。もう寒さには懲りた(笑)

 往路に較べてかなり揺れたものの、午後2時過ぎに高速船は無事熱海港に到着。縦列になってぞろぞろと下船する。
 とその時、どこやらほどから「まんたさぁーん」と、私を呼ぶ声がした。
 あっ!!……声の主は、なんと鎌倉在住のウルトラランナーのピンクマンさんだったのである。

 ピンクマンさんとは数年前に村岡ダブルフルで知り合いになり、その後も互いのブログなどを通じて懇意にさせて頂いている。そのピンクマンさんが、熱海港で私を出迎えてくださったのだ。まさにサプライズで、芸能人でもないくせに、一瞬ドッキリカメラかと思ったほどだ(笑)
 しかし、なんで私の乗っている便が判ったんじゃ? ブログには、「午後の便」としか書かなかったはずだけど……。
 熱海駅へ向かうバスの車内でお訊きしたところ、「多分この便だろう」と当たりをつけて、はるばる神奈川から出てきてくださったらしい。にしても会えて良かった。人混みの中ですれ違いになることだってあり得たのだ。

 その後二人で駅前の商店街をブラブラし、駅ビルの甘味処へ。ぜんざいを食べながら伊豆大島ウルトラことや、今後の参加予定大会のことについて話し合った。中年オヤジが二人してスイーツを味わうって、絵になるじゃないの(笑)
 ピンクマンさん、港で私を迎えるにあたって、こんなもの(上の画像)まで用意してきてくださったみたい。海外旅行の現地ガイドさん顔負け(笑)

 午後4時過ぎ、ピンクマンさんとは熱海駅でお別れ。
 「じゃあ今秋、村岡120kmスペシャルコースで」そう言って固い握手を交わした。
 ピンクマンさん、思いがけないお出迎え、本当にありがとうございました。ぜんざい、ごちそうさまでした。秋の村岡まで、お互いのレース頑張りましょう!

 その後私は、在来線で三島駅へ移動。中学校時代の同級生で、現在静岡で生活しているFと落ち合う。
 「久しぶりやし、旨いもん食わせたるわ」というFに連れられ、海に近い沼津へ行き、駅近くの海鮮料理屋で会食。思い出話に花を咲かせる。
 「伊豆大島へは観光か?」とFが訊くので、100kmマラソンを走りに行ったと答えると、「相変わらず、アホなことしとんなぁ」とFが笑う。
 「余計なお世話じゃ、どアホ!」と捨て台詞を残し、沼津駅でFと別れる。
 一人になった私は電車でまた三島駅まで戻り、午後9時過ぎ、駅北口のバスターミナルから、関西方面行きの夜行バスに乗ったのだった。

 こうして伊豆大島ウルトラランニング旅行は終了。
 初めから終わりまでぐずついた天気で、肝心のマラソンもリタイアに終わったけれど、外出できないことが、ホテルの談話室で数々のランナーさんたちと話をする機会に繋がった。場所柄、東日本在住の方々が多く来られていて、関西在住の私にはあまり馴染みのない大会の話などを訊くことが出来、有益だった。
 「じゃあ、また来年」私に先駆けてチェックアウトされたランナーさんが、別れ際に言った。
 「こちらこそ、また来年」と私。
 「その顔は、「どうしようかなぁ……」って顔ですね。図星でしょ?」と意地悪く笑うランナーさん。
 バレたか……私はでへへと笑い、お茶を濁した。

 けど、たぶんやって来ますよ、来年も。メダル持ち帰れないのって、やっぱ口惜しいですからね。来年の自分なんてよくわからないですけど、予言しておきます。恐らく、100パーセントに近い確率で戻って来るでしょう。私って、そういう男なんですわ(笑)
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伊豆大島ウルトラランニング・翌日(前編)

   
 3月27日(月)、大会翌日。
 昨日は半分の距離でリタイアしたので、完走した時と較べて疲労は僅か。リタイアの原因となった低体温など、宿で熱いシャワーを浴びて、温かい食事を摂ったら、すっかり回復した。大事に至らず幸いだった。

 午前6時頃にぱっちり目覚め、カプセルの中でぐだぐだしてから7時頃1階に降りた。昨日に引き続き荒れ模様の天気で、表に出てみると雨まじりの強風に木々が揺れていた。
 2日に及ぶ憂鬱な天気に溜息が漏れる。昨日は荒天のため、風呂にも入りに行かず、晩飯も買い食いでそそくさと済ませ、リタイア後は宿に引き篭もった。傘が役に立たないほどの強風だと、おのずと外出も億劫になる。
 なので尚更翌朝のお天気に期待していたのだが、これではチェックアウトまでまた引き篭もるしかないのか。元町にある「御神火温泉(ごじんかおんせん)」という入浴施設が朝の6時半から営業しており、起き抜けに朝風呂に行くのを楽しみにしていたのだが……。

 同宿の皆さんも同じ考えだったようで、私より早く起床した人たちが朝風呂行きを断念して、共用スペースでテレビの天気予報に見入っていた。私を含め大方の人が本日島を離れる予定なので、船が欠航になったりすれば大変だ。
 そうこうしている内に、風は相変わらずだが、次第に雨が小降りになってきた。行けるんちゃうの……そう判断した私はロッカーから入浴のための荷物と折り畳み傘を取り出すと、思い切ってホテルを出た。
 強風で傘がさせないので、パーカーのフードで頭をすっぽり覆い、早足で元町港の方角へ歩く。風は昨日同様に冷たく、こうなれば一刻も早く湯船に身を浸したい。
 お目当ての御神火温泉は初日の夕方に訪れた「元町・浜の湯」の北側に隣接しており、元町港からは徒歩5分の緩い上り坂。浜の湯と異なり男湯・女湯が別れているので、水着は必要なし。
 大会参加者には無料入浴券が配布されていたのだけど、大会当日しか使えない仕様になっており、一夜明けた今朝となっては正規料金の700円を支払わないといけない。
 施設内はいたって清潔に保たれており、食堂や土産物売場、おまけに早朝の船で島に到着した客が仮眠を取れるスペースなどが設けられている。
 湯船に肩まで浸かり、極楽気分のあまり「ああ……」と溜息をもらす。久方ぶりの朝風呂。温泉に恵まれた火山島までやって来た甲斐があったというものだ。ジャグジー風呂にも入ったりなんかして、40分ばかりまったりした。

 さあ、さっぱりした後は朝飯だが、館内の食堂ではこの時刻、注文できるのは「モーニングセット」のみらしい。せっかく伊豆大島まで来て、トーストにゆで卵にコーヒーって、なんだかなぁ~……皆さん、そう思いません?(笑) やっぱ海の幸を食わなくちゃ。
 そうでなくてもこちとら、一昨日の晩飯からずっとスーパーの食品でお茶を濁しとるわけです。今日の昼過ぎには島を離れてしまうことだし、ここは何としても海の幸を食っとかなきゃならん。
 というわけで空腹のまま、温泉を後にする。

 とはいえ、こんな朝早くから営業している食堂があるのか甚だ疑問。元町港の近辺まで戻れば何とかなるやろ……と思いつつも、もしどこも無かったら、例のスーパーも10時くらいからだろうし、しばらく空腹に耐えにゃならんわけだ。

 しかし、そんな心配はあっさり裏切られた。元町港へ戻る道中の食堂に、「営業中」の札が掲げられていたのだ。
 大島の食堂って夜は早々に閉まったりするのに、朝はちゃんとやっているって、どういうわけや? 仕事を終えた漁師さんたちが食べに来るのか? ようわからんけど、これ幸い。迷わず入店し、魚の干物と味噌汁がセットになった「朝定食」を注文する。
 客は私一人。旨い!……海の側で食う朝飯は最高だ。風呂上がりの身体に、干物と味噌汁の程よい塩気が染み渡る。
 食後にお店の大将と雑談。「昨日マラソンに出たんやけど、あまりの寒さにリタイアしましたわ」と私が言うと、大将、「そらそうや。今年は異常気象や」と頷いておられた。
 「今日も海、荒れてるけど、船、出ますかね?」と私。
 「たぶん大丈夫やろ。もうじき連絡が入ると思うんやけど」と大将。
 なんでも毎朝午前8時半になると、主要なお店に本日の運行の有無や、どちらの港を使用するかなどの連絡が入るらしい。
 この大将が、私に、今月に入ってから元町港に船が出入りしたのはたった4日に過ぎないと教えてくださったのだ。
 「今日も岡田やろ」ということなので、大将に「ごちそうさま」とお礼を言い、店を出た。

 天気さえ良ければ午前中、レンタサイクルで島のあちこちをぶらついてみようと計画していたのだけど、この荒れ模様ではまず無理。観光はもう諦め、宿に戻って荷造りを済ませ、出港にはちと早いけど、岡田港行きのバスに乗ることにしたのだった。
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第13回伊豆大島ウルトラランニング③

   
 元町港を通過して島の西海岸を南下する。進行方向右側の木々がうまい具合に海からの風を遮ってくれるので、寒いことに違いはなくとも、身体に受けるダメージが幾分和らいだような気がする。と同時に、気分的にもホッとして、「何とかなるんでないかい?」と活気も生まれてくる。

 海岸線に沿ってずっと走り、15km地点を通過。
 20kmを過ぎた辺りで、左手に見事な地層が現れる。
 火山島ならではの景観と言おうか、この地層大切断面は「バウムクーヘン」と呼ばれ、大島の観光スポットの一つとなっているようだ。実際土産物店には、この地層にちなんだお菓子のバウムクーヘンが並んでいたりする。
 とにかく見事な眺めだが、生憎写真はこれ一枚しか撮っていない。というのも100kmコースでは2周目に、またここを、今度は逆方向から通過することになっているので、「写真はその時でええわい」と考えていたのだ。

 要するにこの時点では、気持ちが安定していたこともあり、2周目が有ると思っていたわけだ。リタイア後に振り返ってみると、何ともおめでたい話である(笑)

 そんな一時的な安定状態は25km地点を通過し、島の南端にある波浮港(はぶみなと)に到達する頃まで続いたように記憶している。ちなみにここが第一関門。

 しかしその後、島の東海岸へ回り込んだ頃から、次第にコースは上り調子になり、雨はまた激しく、おまけに寒さもぶり返し始めた。
 嫌な予感がする……とその時、前方に山が立ちふさがった。長らく海沿いを走ってきただけに、唐突な出現に思えた。
 おおっ!ってな具合である。「ひょっとしてあれを越えていくんかいな?」と一瞬ぎょっとした。初出場ゆえの驚きである。
 脳裏にコースの高低図を思い描く。そういえば31km地点くらいから、一気に折れ線が跳ね上がっていたように記憶している。どうやらその入口に差し掛かったらしい。100kmコース最大の難所だ。

 少し行くと海から突き出た奇妙な岩が見えた。
 この奇岩は「筆島」と呼ばれ、「神の宿る場所」として崇められてきたという。数10万年以上前の古い火山の中心部にあった硬い岩が、周囲を荒波に浸食されたゆえ、今のような形になったらしい。
 写真撮影の後、レースの無事を祈って合掌。これ以上、どうか天候が荒れませんように……。

 が、そんな祈りも空しく、海岸線に別れを告げた後、コースは登坂一辺倒となり、2kmほどの区間で標高は一気に350mほど跳ね上がる。同時におのずと気温は低下し、強烈な冷え込みが襲い来る。
 風雨もまた増してきた。寒さを苦手とする身に、これはた…たまらん。明け方に北の沿岸部で味わった苦痛を凌駕する次元の寒さである。あれ以上は無いだろうと思っていたのだが、まさか……(泣)

 寒気に身震いしながら登坂を続け、いつしか35km地点を通過。この辺りは三原山山麓の東側に位置し、火山灰で覆われた道のようなものが山の方角へ向けて口を開けている。
 不確かな記憶だけど、「裏砂漠入口」と看板が掲げられていたような気がする。この黒い道を辿っていくと、そこには漆黒の不毛の大地が拡がっているのだろうか。

 それはさておき、上の画像でも明らかなように、標高の高いこの地点まで来ると、辺り一面に靄のような霧のようなガスが漂い始め、視界が著しく悪くなった。同時にこのガスは更に気温を低下させた。
 弱り目に祟り目とはまさにこれ。裏砂漠入口から先は一旦下り坂になり、41km地点まで来ると、また一気に標高500数十mまで登坂し、100kmコースの最も高い場所まで到達するのだが、もうこれ以上の寒さには耐えられそうにないと思い始めた。
 通常なら延々と登坂を続けていければ、嫌が上にも体温が上昇するものだけど、今回はそれが無い。むしろ登れば登るほど身体は冷えていくばかりだ。

 真っ白いガスに覆われた道を、風雨に打たれながら進んでいく。三原山山麓の北側を西へ向けて移動しているはずだが、方向感覚は皆無で、もうひたすら寒いだけ。カメラを取り出す気力も何もかも失せ、エイドで立ち止まると身体がガタガタ小刻みに震え続けた。
 危険な兆候だ……ぼんやりそんなことを思った。幸い食欲はまだ残っている。これ以上酷いことにならない内に、決断しなければなるまい。問題は、その場所をどこにするか、だ。
 レース続行を断念するにしても、頂点だけは極めたい。

 そこから先のことはよく憶えていない。視界不良の中、ただ延々と登坂した記憶が微かに残っているだけだ。
 そして気が付けば、51.1km地点にある第2関門・三原山歌の茶屋に到着していたのだった。ここがコース中の最も高い場所である。
 関門閉鎖の午後1時までには、まだ1時間以上の余裕があった。

 関門の手前で千葉県のアベベさんを発見していた。アベベさんは半袖で防寒ビニールも纏わず、私以上に無防備であったが、寒さに強い体質なのか、まだ余裕はあるようだった。
 「残念やけど、今回はここまでにしときます」茶屋の室内でストーブにあたり、明日葉の蕎麦をすすりながら、アベベさんに告げた。
 「えっ、マジっすか? 時間もまだあるし、行けますよ」アベベさん、相変わらず豪快な食いっぷり(笑)
 確かに時間も脚力もまだ残っている……けど、寒さにやられて、どこからも戦意が湧いてこんのよ、もう(泣)

 「頑張って」アベベさんを茶屋から送り出した後、私は近くにいたスタッフさんにリタイアする旨を申告したのだった。
 スタッフさんの手で胸のゼッケンからチップが回収され、収容車が到着するまでの間、茶屋奥のストーブの側で待つように案内された。

 上半身を毛布ですっぽりくるんでもらい、熱いお茶を頂戴する。ストーブの効果はてきめんで、次第に身体の震えが収まってきた。低体温の症状から脱したようだ。
 隣には同じく低体温でリタイアした男性がいて、私以上に症状がひどく、紫色の唇をしてブルブルと震えていた。見かねたスタッフさんがジャンパーを脱いで、膝に掛けてあげていた。

 こうして私の伊豆大島ウルトラランニング初挑戦は終わった。
 58kmの部で出場していたのならば、茶屋からゴールの総合開発センターまで、残りおよそ7km、ひたすら下るばかりなので無理してでも続行していたかもしれないが、100kmの部の場合は、そこから更に、今度は時計回りに島を一周しないとならないのだ。
 この後気温が上昇する気配も、風雨が収まる気配も無かったので、半分を過ぎた時点でリタイアに踏み切った。その決断が正しかったのかどうかは、神のみぞ知る、だ。

 宿に戻り、すぐさま熱いシャワーを浴び、その後1階の共用スペースで予約しておいた「島弁当」を食べた(晩飯にする予定が昼飯になってしまったのである・笑)。
 同宿の人たちも続々とリタイアで帰ってきており、伊豆大島ウルトラランニングの常連さんで、スパルタスロンや桜道ネイチャーランなどの完走歴を持っておられる男性までが、今回ばかりは早々にリタイアされていた。それだけ例年とは異ったということだろう。とにかく寒すぎた。

 昼食後、自分のカプセルへ引き上げ、一眠りする前にデジカメの写真を確認してみた。すると裏砂漠のデータの後に、撮影した記憶の無い一枚があった。
 椿の写真だった。
 大会当日は「伊豆大島椿まつり」の最終日で、見頃を過ぎた椿の花が暴風雨せいもあって、コースのあちこちに散っていた。
 低体温の症状が出始め、震える手で撮影したであろうこの一枚には、その時の自分の心境が如実に現れているようで恐ろしい。
 そう……これを撮った時、私はこの椿の花のように迷っていたのだ。冷たい風雨にもめげず、レースという木に最後までしがみつくべきか?、はたまたここを散り時と定め、潔く落ちるべきか?……その両極で激しく揺れ動いていたのである。

 未完走という結果に終わった今回の伊豆大島ウルトラランニング100kmの部、負け惜しみに「椿の花だけが私の葛藤を静観していた」と格好をつけて(笑)、レースレポートの店仕舞いとさせていただきます。

 【この度の伊豆大島旅日記自体は、もう少し続きます(_ _)】
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第13回伊豆大島ウルトラランニング②

   
 午前5時に開発総合センター前をスタートしてから、しばらくは北上。5km地点まで緩やかな上りがひたすら続く。
 風雨の中、少しでも早く身体を温めるべくがむしゃらに走る。雨天なので夜明けが遅そう。
 ある程度ランナーがバラけるまで、足元に注意を払いながら走る。舗装路の凹みに雨水が溜まっていて、スリップの危険大。周囲が明るくなるまで神経を使いまくる。雨レースの辛いところだ。カメラを取り出す余裕など全く無し。

 5km地点を過ぎると下りに転じる。コース中の最北端に位置する「野田浜」までは、割と海が遠かったこともあり、動き出してしまえば寒さもそれほど気にならないくらいにはなってきていたのだけど、野田浜から先は一転、島の西海岸伝いに南下することになり、右側に絶えず荒れ模様の海を見ながら走り続けることとなる。つまりは、海側からの雨風によるダメージをもろに受けるゾーンに突入したということだ。

 実際、野田浜を過ぎると、濡れた身体に吹き付ける風の勢いが半端ではなくなり、その冷たいことといったら、ちょっと言葉では言い表せない。スタート後、水など全く摂っていないにも関わらずトイレにばかり行きたくなり、コース端の公衆トイレに駆け込むも、出るものは大して無い、という状況に陥った。冷え込みのあまり頻尿の症状が出ることは経験上よくあるが、ここまで極端な例は初めてだ。
 こうなると当然走りに集中できなくなり、戦意も自ずと萎えてくる。
 とにかく寒い! 寒い! ヒーッ! 堪忍してくれ!、の状態が、スタートしてまだ10kmにも満たないというのに襲い掛かってきた。かぁ〜っ、先が思いやられるわい。
 こんな時こそ慌てず急がずエイドでしっかり飲み食いし、体温を保持しながら進まないといけないことは頭では解っているのだけど、いかんせんエイドで立ち止まると、ここぞとばかりに寒さが襲来してくるので、それさえも出来ない。早々に走り出すしか術はなし。く…苦行じゃ(泣)
 それにしても何という寒々とした空と海の色だ。ここはホンマに3月の伊豆大島か? 真冬の北海道・利尻島へ間違って来てしまったんではないかい?……そんなことを考えつつ、南国へ行くつもりでサンオイルまで持参したことを思い出し、自嘲の笑みを浮かべるのであった。
 少しでも寒さを紛らわそうと、時折カメラを取り出して撮影を試みるも、レンズに雨粒が付着するわ、身体は小刻みに震え続けるわで焦点が定まらない。
 寒いわ、風で吹き飛ばされそうになるわ、写真を撮る余裕は無いわのトリプルパンチを喰らい、元町港方面へ南下するこの区間で、序盤にして八割方戦意を削がれてしまったような気がする。寒さのあまり、マラソンの体裁を維持し続けられないのだ。
 荒れ模様の離島マラソンの怖さを、この時点にして早々と痛感した。リタイアの四文字が頭の片隅で点灯し始めたのもここだ。
 元町港へ到着したといっても、まだ13kmに過ぎない。この先80数キロの道のり……天候の回復は望めそうもなし、気温も今後、それほど上昇するとは考えられない。寒さに震えながらのこんな状態で、果たして乗り切れるのか?
 そんな風に絶望しかけたが、元町を過ぎてしばらく南下すると、ほんのちょっぴりだがコースが海岸から離れた。右側に木々が茂っており、それによって海風がうまい具合に緩和されるようになった。
 防風林というほど大層なものではないのだけど、剥き出しの海岸べりを走ってきて半泣きになっていた身としては、これだけでも十分ありがたい。濡れた身体にぶつかる風が少しましになっただけで、トイレに行きたくなる回数も減ったし、萎えかけていた気持ちにも張りが出てきた。

 こうなると「もしや地獄のピークは過ぎたんでないかい?」と考えてしまうあたりが私のおめでたいところで、初出場でコース未体験だからこその楽観なのだった。
 そう……ここまでの冷え込みなどまだまだ序の口だったことが、これ以降明らかとなり、私は進退窮まる決断を余儀なくされるまでに追い詰められるのである。
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第13回伊豆大島ウルトラランニング①

   
 一夜明けて3月26日(日)・伊豆大島ウルトラランニング大会当日。昨晩早々に降り出した雨は冷たく、尚も続いており、風も強い。漁師さんをテーマにしたテレビ番組でよく見かける、「時化の日」のような天候が大島をすっぽり覆っているようだ。とにかく大荒れ。

 午前三時起床、昨日仕入れておいた朝食用のパンをそそくさと食べ、トイレ、身支度を慌ただしく済ませる。
 宿の1階へ降りると、共用スペースには既にして数名の参加者の姿が。「どえらい天気ですなぁ」「気が滅入りますね」「中止になるんとちゃうか」などと話し合いながら、ガラスの向こうから聞こえる風の唸りと、激しく揺れる街路樹の様子に戦々恐々する。
 「ぼちぼち行きますか」
 宿から会場の大島町総合開発センターまでは徒歩で5分。どのみちびしょ濡れになるだから、傘もささずに早足で行く。宿の中からでは解らなかったけど、外気は想像以上に寒かった。おそらく一桁。思わず身震いしてしまう。
 まだ暗い中、各宿泊先から集まってくる参加者の皆さん。防寒ビニールを持参していない人は傘をさして来られたけど、これだけ風が強いと大して役に立つまい。煽られて傘の骨が裏返ってしまうのだ。
 貴重品預かりはセンターの1階。手荷物は2階に置く。この時点でスタートまで半時間を切った。
 いつまでも建物の中にいたいのは山々だが、覚悟を決めてスタート位置へ向かう。しかし、これが3月終盤のウルトラマラソンの光景か? それぞれ防寒具を身に纏ったランナーたちの姿は、まるで真冬のトレイルランさながらではないか。
 さぶっ! さぶさぶさぶっ!
 皆に混じってガチガチ震いする。なんちゅう寒さや。2月初めの「京都木津川マラソン」も終日雨のレースだったが、ここまで酷くはなかったぞ。とにかく、エライこっちゃ。
 スタートまであと10分。じっとしていられないほど冷え込むので、その場でせっせと足踏みをする。
 そして午前5時、100km・58kmの両部門が一斉にスタート。いつもなら沿道の人達に手を振ったりなんかして、ゆったりまったり走り出すのだけど、こんな状況ではそう悠長なこともしていられない。一刻も早くがむしゃらに体を動かさないと、骨の髄まで冷え込んでしまう。のっけからペース配分などそっちのけでダッシュする。
 冷たい雨粒が顔面に降りかかり、胴体を覆うビニールがバサバサと強風にはためく。

 これまで十数回、色んなウルトラマラソンを走ってきたけれど、ここまで過酷なスタートを切った経験はない。もともと南国志向で寒さを苦手とする私としては、これはもう責め苦に近い状況だ。こんなことなら今年もまた、3月のウルトラは沖縄の「名護浦」にしておくのだった(笑) 昨年の名護浦も終日雨に祟られたが、そこは沖縄、気温は20℃近くあったので、今に較べれば天国のような状態だった。

 服装も間違えた。簡易の防寒具で防ぎきれるようなレベルの風雨と気温ではない。ゴアテックス素材の上下に身を包んでどうかという次元の天候だ。
 とはいえ、全てはすでに遅し。冷たい嵐の中、薄着でどこまで行けるかやってみるしかない。

 一先ずの目標は島巡りの一周目をクリアして、再度この総合開発センターまで戻ってくる(そこで58km地点)ことだが、どうなることやら。
 今はもう少しでも気温が上昇してくれるのを祈るのみ。
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