セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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灯籠は残った

   
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 先日訪れた赤目ですが、滝エリアに入る少し手前に「延寿院」という天台宗のお寺があります。ここには鎌倉時代に建てられたという石灯籠があり、寺自体は戦国時代の織田軍による伊賀攻めの折に破壊、消失したそうですが、この灯籠だけは奇跡的にも災難を免れたようです。

 織田軍の伊賀攻めといえば、総大将は信長の次男「信雄(のぶかつ)」です。この信雄、最初は父親に伺いもたてず、手勢を率いて独断で伊賀に攻め込み、返り討ちにされています。相手を嘗めていたわけです。
 それを知った信長は激怒。父親に無断で、しかも負け戦とは、なんたること! 今後こんな真似をしたなら親子の縁を切るとまで言っています。
 逆鱗に触れ、信雄はさぞかしすくみ上がったことでしょう。「お前のような愚か者は引っ込んでおれ! 今度はわしがやる」と言い切れば、非情な信長らしくて良いのですが、なんと信長は、愚かな次男坊に、今一度チャンスを与えるのです。しかも今度は負けることがないようにと、滝川一益、丹羽長秀といった大身の武将たちをがっちり付けて、総大将・信雄を再度伊賀へと送り出してやるのです。五万の軍勢だったとも言われています。
 馬鹿な子ほど可愛い……第六天魔王・信長も所詮は人の親だったわけです。
 親の力との自覚もなく、信雄は大軍で伊賀の国を根切りにし、前回の恨みを十二分に晴らします。延寿院もこの時破壊されたのでしょう、おそらく。

 信雄の勘違いは父親の死後、つまり本能寺の変後も続きます。もう父の後ろ盾が無いのだから、現実的には秀吉にすり寄るのがベターなわけですが、プライドが邪魔をしたのか、家康のもとへ走ります。親父の草履取りをしていたような猿の軍門に下るのが嫌だったのでしょう。
 しかし信雄、秀吉と家康の睨み合いが長引くにつれ、言い知れぬ不安に駆られたのか、家康には内緒で秀吉に降ってしまいます。家康は呆れたことでしょうが、秀吉は「おうおう、よう来たよう来た」とばかりに歓迎し、信雄に親父殿の故地である伊勢尾張百万石を与えます。猿めの策略に嵌ったとも知らず、信雄はまた有頂天になります。

 そして天下統一後、秀吉は信雄に領地替えを命じます。尾張を捨て、家康の旧領へ移れと言います。負の国替えによって面倒な男の勢力を削いでいくのは、秀吉の常套手段です。
 全国平定を成し遂げ、敵無しとなった秀吉の命に、家康でさえ三河を捨て、関東へと大人しく移っていったというのに、ここでもまた信雄は、プライドを爆発させ、秀吉の命を拒みます。さあこうなれば、猿めの思う壺です。信雄の領地は没収、身柄は常陸の佐竹へお預けとなります。

 故地を遠く離れ過ごす内に、信雄は初めて自分が孤独であることを実感します。あれだけあったプライドも崩れ去り、命惜しさからか頭を丸め、謹慎の意を表したりもします。
 更に秋田へ移された信雄は、哀願が効いたのか、やがて秀吉の御伽噺衆として召し出され、大和の国に捨扶持を与えられます。

 かつて世間知らずだった頃、虎を狩る勢いで根絶やしにした伊賀の国。その隣国である大和の片隅で、あの頃とは別人のように丸く、弱くなった信雄が命惜しさにびくびくと生きている……自分の手によって死んでいった伊賀の人々の痛みや恐怖といったものが、この時初めて信雄には、ほんの一部ではあれども理解できたのではないでしょうか。

 そんな信雄も、秀吉も、そして家康さえも、今では皆あの世の住人。赤目の滝の入口には、当時を知る石灯籠がただ静かに建っているだけです。
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