セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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571.8775km

   
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 今年もいよいよ残り一週間を切りました。
 先日走った宝塚ハーフをもって2014年度の私の大会参加も終わったわけですが、一年を振り返る意味で、出場大会・全11大会の距離数を合計してみますと、総走行距離「571.8775km」と相成りました。

 約572km……ランニングを始めて7~8年になるのですが、一年間で、しかもレースだけで、これほど走ったのは初めてです。11大会の結果なので、平均すると1レース「52km」走っていることになります。フルマラソン以上! いや、50km以上をウルトラマラソンと呼んでも差し支えないなければ、これで私も正真正銘のウルトラランナーになったと感慨もひとしおです。
 
 ちなみに二番目に多い昨年の走行距離数は、10大会で503.085km。昨年は母親の逝去で篠山マラソン出場を取り止めたので、本来ならばここに42.195km上乗せされる予定だったわけですが、それを加算しても尚今年の方が30km近く上回っています。

 八年ほど前のことが思い出されます。気まぐれに点けたテレビで流れていた「秋田内陸ウルトラマラソン」の録画番組。当時の私には100kmを走るなど別世界での話なので、「へぇ~っ。凄い人たちもいるもんや」と月並みな感想を口にして、他のテレビ番組同様、それっきりになるところでした。恐らく、日々のジョギングを始めることも無かったでしょう。

 ところがその番組に興味を失いかけた頃、テレビカメラが85km地点に到達した、まだ若い男のランナーに密着したのです。
 彼は力尽きかけていました。そこまで辿り着いたものの、体力も気力も衰え、リタイアを申告するか否か迷っていました。
 そんな彼を見かねてか、沿道のスタッフのおじさんが声をかけました。「まだ時間もあることやし、残り15km、ぼちぼち歩いて行ったらええやんか」
 傍観者に過ぎない私も、おじさんのアドバイスをもっともだと思いました。
 ところが彼は深刻な顔つきから一転して、吹っ切れたように笑みを浮かべたかと思うと、「いや、今年はここまでにしておきます。また来年、挑戦させてもらいます」と言って収容バスのタラップに足をかけたのです。

 そんな若者のリタイアの光景に、何故それほど胸を打たれたのか?……自分の事ながら、今もってよくわかりません。ゴールインの姿ならともかく、何故苦渋の決断を下した若者の姿を見て、「よし、いっちょう彼の仇を討ってやるか」と即決するに至ったのか、言葉ではどうしても説明できないのです。
 そして翌朝には、靴箱からナイキの使い古したスニーカーを引っ張り出して、いつか100kmの道のりを走破してやると息巻いて、しかし肩で息をしながら(まあ運動不足が突然走り出したのですから、そうなるわな)、それが当然のようにランニングをしていたのです。

 東京マラソンでも五輪でもなく、42.195kmでもなく、秋田での若者の挫折から始まった私の100kmへの道のりも、あれから八年を経て、とうとうここまで到達しました。遠く、費用もかかることから、秋田内陸ウルトラマラソン出場は果たせていませんが、いつか行って、85kmのあの場所で、若者の無念を晴らしてやりたいと、その思いだけはまだ捨てていません。私にとってウルトラとは、サロマでも四万十川でもなく、秋田内陸の、若者が収容車に乗り込んだあの地点なのです。
 そこに到達する日のためにも、来年もまた、日々鍛錬していきたいと思います。
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