セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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時を超えた矛

   
 奈良市は平城京跡の近くにある中国料理店で会食したのですが、そのお店の待合室にさり気なく飾られていた物を見てびっくり! 平城京の側なので奈良時代の須恵器でも展示されていたのならば、さほどに驚くこともないのですが、なんとそれは、中国で出土した「青銅製の矛」だったのです( ・_・;)

 従業員さんにお訊きすると、「本物」とのことなので、写真を撮らせてもらいました。博物館とかだとまず撮影は禁じられているので、これは貴重な機会です。
20150118152203eba.jpg
 しかし奈良で、ふとした弾みに、海の向こうの、しかも遥か昔のこんな物に出会えるとは……やはりここは、シルクロードの終着点なんだなあ、とつくづく思いました。

 出土したのは現在の中国の狭西省・咸陽市。紀元前221~紀元前206年の秦代の遺物とのこと。咸陽と言えば秦帝国の首都だった場所です。始皇帝の王宮があったとされている所でもあります。
20150118152229717.jpg
 紀元前の昔の遺物を目の前にして、私がいるこの場所は、当時どのような状態だったか、ふと思いを巡らせてしまいました。

 秦の時代と言えば、邪馬台国の卑弥呼が朝貢した頃よりも前。いや卑弥呼の時代よりも前に後漢に使者を送った奴国王の頃よりも更に前なのです。要するに当時の日本は、まだ縄文の時代……稲作もたぶん伝わっておらず、奈良の都はおろか、「倭国」という名称さえ存在しなかった時代の話なのです。
 はああ……となんだか溜め息が出てしまいました。当時この辺りでは、恐らく毛皮を纏った縄文人が槍や石器を片手に狩猟採集生活を送り、竪穴式の住居で寝起きしていたことでしょう。
201501181522536c9.jpg
 青銅矛の隣には、こちらはレプリカですが、秦の兵馬俑が一体置かれていました。まだ大半が未発掘な「始皇帝陵」の一角から発掘された、死後も始皇帝を守り続ける兵士たちです。
 展示されていた銅矛は、当時、祭祀の為に使われていたのでしょうか? それとも始皇帝を守る使命を帯びた、兵士の一人の手中にあったのでしょうか?……料理を味わいながらも、そんなことをあれこれと考えてしまいました。

 防犯上のこともあって、ここでは店の名前は明かしませんが、興味のある方は、ぜひ奈良は平城京跡の近くの中国料理店を調べてみてください。
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