セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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買え買え地獄からの脱出

   
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 先日ニュースで「ミニマリスト」なる人々の、生活スタイルを紹介していた。
 ミニマリストとは、要するに必要最低限の物しか持たない主義の人々のことで、部屋にはテレビもなく、ベッドは邪魔になるので布団で寝る。家具といえば小さな折り畳みテーブル一つだけで、衣類は最低限しか持たないので、服箪笥のようなものは必要としない。風呂場には液体石鹸だけ。それで身体も髪も全部洗う。

 一人暮らしだから可能な生活スタイルだとも言えるが、まあこざっぱりした暮らしだと思う。都市に暮らすミニマリストは、車のような金のかかる面倒臭いものは、まず持たないのだろう。
 厄介な物を極力排除することによって、初めは不便も感じたが、慣れてしまえば心が豊かになった気持ちになり、時間を有効に使えるようになった、と述べておられたのが印象的だった。

 節約という痩せ我慢的なものでなく、心の命ずるままに身辺を整理したら、こういうスタイルに落ち着きました、という感じで、苦行をこなしているような感じは全く受けなかった。
 「ないない尽くし」の難民キャンプの人たちからすれば、日本人のこういった行動は理解不能もいいところなのだろうが、バブルを経験し、有り余る物に囲まれ育った現代日本人の、これは一つの「精神的到達点」と言えないだろうか。
 要するに彼らミニマリストたちは、大量生産大量消費の社会に背を向け始めたわけである。

 テレビを点ければ「あれ買え、これ買え」、ネットに繋げば「ほれ買え、今買え」。こうすれば損で、ああすれば得。一事が万事この調子。そんなこんなで人生が終わる。
 ミニマリストたちは、現代社会の、そんな空虚さに気づき、「買え買え地獄から脱出」し、心の豊かさを取り戻すべく、いち早く行動に出たのだと思う。
 そんな彼らも見たところ、スマホとノートパソコンだけは手放せないようだ。仕事の関係でどうしても、という側面はあるのだろうけど。
 物質の次は情報だと思う。ネット上の過剰な情報にうんざりし、物質同様に背を向け始める人々が、いずれ必ず出現することだろう。いや、もうすでに出現しており、我々が知らないだけなのかも。何故なら「情報ミニマリスト」たちは、そういう生活に突入したことを、いちいちネットにアップしないからだ。

 物質・情報ミニマリスト人口が増え出すと、当然のことながら物が売れなくなる。宣伝の数々は華麗にスルーされ、企業も頭を抱えることになる。
 でもそれは、成熟した社会にシフトした何よりの証拠であり、決して悲観するようなことではないと思う。そうならなければ嘘なのだ。

 今は「爆買い」をしている中国にしたって、いずれは成熟し、必要以上に物を買わなくなるのは明白だ。
 世界中が成熟してしまうことは、通商に依る部分が大きい日本にとっては、大問題だ。東西南北どこに行こうが、物が売れなくなる日が、将来きっとやってくる。
 だからこそ今から、食糧の自給率をあげ、いざとなったときに自己完結できる国家になる努力をしておかないといけないのだ。

 アメリカの中西部に「アーミッシュ」という人たちがいる(画像)。
 信仰の関係から、彼らは文明の利器を出来るだけ拒絶し、開拓時代の生活スタイルを維持し、この現代を生き抜いている。
 電気にも石油にも頼らない、ほぼ完全な自給自足のコミュニティー。

 彼らは発展を拒絶し、フロンティア時代にとどまった。
 片や我々日本人は、発展を善きものとし、栄華を極め、そのどん詰まりで「空虚」に頭をぶつけた。
 触れ合うことのないように信じられてきた両者の生活の交わる日が、いずれ訪れるのかもしれない。
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