セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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かつての国際人

   
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 前回の続きのような記事になるが、年に一度、会うかどうかといった程度の、遠い親戚のお爺さん(故人)に、子供の頃、大連の話を聞かされたことがある。
 近頃ではもう行われなくなった、盆の、親戚一同寄り集まっての飲み食いの席でのことである。開け放たれた仏間には扇風機が回り、どこからともなく漂いくる蚊取り線香の煙と、縁側で揺れていた風鈴の姿が、妙に印象に残っている。

 私はその話を、そうめんを啜りながら聞いた。
 仏壇にはお爺さんが、その日のために創作した「漢詩」が、色紙に墨書されて供えられていた。

 子供だったので細部までは理解できなかったが、口数の多くないお爺さんが、ぽつぽつと語る「若き日の思い出」は、やけに魅力的に思えたものだ。見たこともない異国のセピア色の風景が、帰宅してからも頭から去らずに、夏休みの宿題が捗らなかったほどだ。

 軍服に身を包み、ブーツを履き、軍馬に騎乗した若き日のお爺さんが、洋式の建物を背景に、きりりと顔を引き締めている姿が、アルバムから脱け出した白黒写真の一枚のように、私の脳裏を占有したものだった。

 お爺さんは若い時分、騎馬隊の兵士として、大連に赴任していたらしい。
 が、長じて母から聞いたところでは、期間的には短いものだったようだ。落馬がきっかけで胸を患い、完治する見込みもなくなったので、そのまま除隊となったらしい。
 胸の病は一生モノとなり、老いてからもがりがりに痩せておられた。大陸で出会った漢詩の世界は、除隊後の、自由の利かない病床生活において、ただ一つの心の安らぎだったとも言っておられた。

 お爺さんが大連にいた時期とは、大連が満州国に組み入れられた後なのか、それ以前なのかは分からない。こんなことなら生きておられる内に、もっと詳しく訊いておくのだった……と思わなくもないが、あのお爺さんのことだ、そのあたりに関しては、決して積極的には語ってくれなかっただろう。
 お爺さんの追憶の大連とは、若き日の青春の1ページであって、勢力地図の重要ポイントなんかでは決してないのである。

 戦後、ますます漢詩の世界にのめり込んだお爺さんは、老人になっても年に一度は必ず中国を訪問していた。たぶん東北地方に、かつて親しくした誰かが暮らしていて、その方と会う目的もあったのかもしれない。年齢的に言っても、その方も、もうこの世の人ではないだろう。

 大陸に対する良い思いだけを胸に、この世を去ったお爺さん。
 あちらで現在の日中関係を見て、どのような顔をされていることだろう。
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