セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
<< 2017 >>
プロフィール

まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
このブログをリンクに追加する
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
アクセスカウンター


スポンサーサイト

   
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| - | - | page top |

Y議員についての一考察

   
dly1509180049-f1.jpg
 タイトルではイニシャル表記したけれど、たぶん御本人は実名で書かれることをむしろ望んでおられると想うので、本文ではズバリ「山本太郎議員」と明記させてもらうことにする。

 最初に断っておくが、私は山本議員の政治姿勢を擁護・応援したいわけではない。なのでこれまでも、そしてこれからも、インターネットを使って氏の経歴や主張などのあれこれを調べるつもりは全くない。ただ先日の安保法案成立の場での、氏の一連の行動を見ていて感じたことを、出来るだけ素直に、世間の批評などとはなるべく距離をおいて、自分の言葉で書き記してみたくなっただけなのである。なのでこれを読んで不快に思われる方もおられようが、文面以上の深い意味は無いので、そこはどうぞご容赦を。

 私の山本氏に関する知識は数少ない。俳優時代の映画やドラマがほんの数場面。それ以前にビートたけしのお笑い番組で、ピチピチの水着を着用して踊っている姿。そして政治家に転身してから、天皇陛下に直訴状を手渡して、世の中の顰蹙を買った件……とまあそんな程度である。原発反対とかに励んでらっしゃるようだが、そこらのことはよく知らない。

 そんな程度の知識しか持ち合わせない私が、先日の国会での氏の行動を見て、まず最初に感じたことは、「よおやるわ……」である。
 以前天皇陛下に直訴状を手渡した時にも同様の感想を持ったのだが、今回まさかあそこまでやるとは思わなかった。「自民党の告別式」と書いたボードのようなのものを持っていたので、「ひょっとしたらその線で何かやらかす気なのかも……」という予感は確かにあったのだが、まさかね、という思いがその時点では勝っていたのだ。
 すると翌日、衆知の通り、喪服姿で数珠を片手に焼香の真似事。あげくは与党のみか野党側からさえも野次が飛んだ一人牛歩の実行。この人、何者やねん……の一言である。

 こういう表現が適当なのかどうか分からないが、直訴状の時も、そして今回も、山本氏の周囲にだけ別の時間が流れているかのような、そこだけ空間が捻れているような錯覚にふと捕らわれてしまった。別次元からの闖入者……氏の存在がそんな風に感じられてならなかった。簡単に言うなら「浮いている」ということになるのだろう。もしくは「空気が読めない」とも。
 しかし氏の場合は、この浮きっぷり、空気の読めなさぶりが尋常ではないのだ。そりゃ裏では散々っぱら頭を悩ませ、崖から身投げするほどの緊張感であのパフォーマンスに挑んでいるのかもしれないけれど、少なくとも私にはそういう氏の姿は想像できない。「腹が減ったからカップ麺を食おう」みたいな当然の感覚で、例の行為に及んでいるとしか思えないのだ。

 インターネットの功罪か、政治家も一般人も「炎上」を極度に警戒し、堂々と己のスタンスを標榜しなくなって久しい。ツィッターなどに投稿した不用意な一言で袋叩きに合い、政治生命を終えてしまう政治家も珍しくないのだから、所詮は人気商売、世間体を気にするなという方が無理な話なのかもしれない。
 今回の安保法案騒動を見ていても、捨てるもののの少ない攻め手の野党側からして、既にどこか及び腰なのは、「世論」というしがらみに雁字搦めにされて行動しているからであろう。もう野党議員自らが、世間をはばかって、おのが車体にリミッターを搭載してしまっているのだ。だからある一定ラインまでは過激でも、そこを過ぎると急に安全走行に切り替わってしまう。安全基準を満たした優等生クルマたちに、八方塞がりの国難をどうにかしろという方がどうかしているのだ。

 そんな中で行われた山本議員の一連のパフォーマンス。下品、非常識、議員失格などなど、それは酷い言われようをしているみたいだが、氏は正直なところ「この期に及んで世間体なんて、もうどうでもええやないけ」と肚を括っておられるのではあるまいか? 「炎上? 上等やないけ」くらいの割り切り方をしなければ、あの場であれほどの堂々とした態度で(善し悪しは別にして)スタンスを貫けるとは思えないのだが。

 発想が飛躍に過ぎるかもしれないが、今国民の多くが覚えている山本氏への嫌悪感は、「うつけ」と呼ばれていた頃の織田信長に対して当時の人々が抱いていたであろう感情と似通っているのではあるまいか? リミッターの無いモンスターマシーンに対する恐怖感。世間体など歯牙にもかけず、あたかも自分が異世界の住人のように、大胆不敵に振る舞ってしまう存在に対する深い困惑。理解の範疇を越えた存在を目の当たりにした時、人は驚きよりも先に嫌悪感を抱いてしまい、その存在自体を排除したくなってしまうものだ。

 長々と書いてしまったが、数々のしがらみに囲まれて生きている凡人の私も、同様に氏に対して、現時点で困惑を感じている。それを自分なりに整理する意味もあって、この記事を書いたつもりだ。
 なので氏=信長などと断じるつもりは毛頭無い。がしかし、ギリシアを笑っていられないほどの膨大な借金、危機的なまでの食料自給率、人口の減少……物理的に考えてももう再び浮上できるとは思えない今の日本の状況から脱するには、「得体の知れない突破力を持った人材」が不可欠なのは、歴史的に見ても間違っていないと思う。

 ただそういう人物を見極め、国の行く末を委ねるのは、丁半博打にも似た危険が伴う。何故ならその手の人物は、国を崖っぷちから救うかもしれない反面、滅亡に導く要素も同程度有しているからだ(かのヒトラーだってその台頭期には、救国の英雄ともてはやされていたのだから)。
 信長が本能寺で討たれることなく天下統一を成し遂げたとする。信長によって創られたその世界が、民衆にとって極楽かと言えば、決してそうであるまい。以前の方がまだましだった……と嘆息するような暗黒時代が到来していた可能性だってあるのだ、全ては仮定の話でしかないのだが。

 最後に(ここから先は完全なる妄想なので、読み飛ばすか、一笑に付していただきたい)。

 もし山本氏が今後、この国で信長のような役割を果たしていくのだとすると、美濃の蝮は、小沢一郎氏ということになりはしないか?(笑)
スポンサーサイト
| comments(0) | trackbacks(0) | page top |


この記事のトラックバックURL:
http://masahashi.blog.fc2.com/tb.php/251-b2cf9661
<< NEW | TOP | OLD>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。