セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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但馬の国、救世主伝説

   
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 七、八月とマラソン大会出場がオフのため、最近ブログでもランニングについては全く触れていませんが、実際は猛暑にもめげず、日課のジョギングだけは黙々淡々と続けております。
 なにしろ来月には「村岡ダブルフル・ウルトラランニング100km」に出場予定なので、ここは質より量。日々着実に距離を積み上げています。これだけ暑いと早朝でもペースはたいして上がりませんが、とにかく忍の一字で頑張っています。

 さて今回のお題。救世主伝説と言ってもイエス様のことでも、北斗の拳のことでもありません。ここでいうメシア(救世主)とは、二年前の九月、村岡ダブルフルの終盤、突如として私の前に現れた、一人の男性のことを指します。
 私がその男性について知ることは、次の二点。

 ①神戸からマイカーで一人で来られたということ。
 ②村岡出場は三度目で、初回は88Kmの部で出場。100kmの部は去年に続き二度目とのこと。

 ラスト10km、最後の関門を首の皮一枚というタイミングでパスした直後くらいに、メシアは、肉体的にも精神的にもどん詰まりに来ていた私の背後から、まったく唐突に声を掛けてくださいました。
「ライト、持っていったほうがいいですよ」
 ライトとはペンライトのことです。残り10kmとはいえ、まだ峠を一つ越えなければなりません。その道中で日が暮れた際には、これで足元を照らして走り続けろと、係員の方が差し出したのです。
 夕方の気配は感じていましたが、陽光はまだまだ力強く、余計な荷物を持ちたくなかったので、「まだ大丈夫でしょう」と私は受け取りを拒絶しました。
「あかんあかん。持っていかなあかん」という係員の言葉に続くように、ふと背後からメシアの声。係員の言葉だけなら、たぶん私はライトを受け取らずに走り出していたことでしょう。
「去年もほとんど同じ時刻にここを通過したんですが、ほんと、これからすうーっと暗くなりますから」
 メシアの言葉どおりでした。さすがは山国です。釣瓶落としとはまさにこれかと思いました。幾らも進まないうちに、辺り一面真っ暗です。街灯らしきものも全くありません。
 ペンライトの頼りない灯りで足下前方を照らしながら、メシアとほぼ同じペースで進んでいきます。ゴール閉鎖のタイムリミットが迫っているにもかかわらず、脚はもはや漬け物石状態で、引き摺るように前進するのが精一杯です。「もう、あかんわ…」そんな私の胸中を察したようなタイミングで、メシアは仰いました。
「大丈夫。残り全部歩いたとしても、ぎりぎりゴール出来ますよ。去年もそうでしたから。あ、俺、全然進歩してへんわ」
 メシアはユーモアも交え、勇気づけてくださいます。諦めが頭を引っ込めた瞬間でした。あとはいつもの浪花節大爆発です。「ここでやめたら男が廃る」「やると言ったらどこまでやるさ」いまどきヤクザ映画でも聞かない臭いセリフが次から次へと私を後押ししてくれます。すべてはメシアの一言あってのことです。偶然の出会いによって、潮目がはっきりと変わったのです。

 そしてゴールイン。脚はもうボロボロで、時間も一杯一杯したが、どうにか村岡中学までたどり着くことが出来ました。数分前にゴールされていたメシアが「よかったよかった」と我がことのように喜んでくださり、私たちはがっちりと握手を交わしました。自分のアフターケアもそこそこに私のゴールを気にかけてくださっていたのです。感激で胸の奥がジンとしました。
 予約していた午後七時発のバスの発車時刻が15分後に迫っていました。着替えるだけで精一杯です。余韻に浸っている暇はありません。メシアにその旨を伝え、お礼を述べました。「また来年も会いましょう」メシアの言葉ににこりと頷き、私は更衣室へと向かいました。
 恩人メシアとはそれっきりになってしまいました。名前も訊けませんでしたし、暗かったせいもありゼッケン番号も記憶していません。その上残念なことに、去年はスケジュールが合わなくて、村岡をパスし、同月の京丹後ウルトラに出場しました。まあ村岡に出場していたところで、数多くのランナーの中から恩人を探し出すのは不可能に近いわけですが。ましてや顔さえはっきりと憶えていないのですから。

 さて来月、私は奇跡的に恩人と再会出来るのでありましょうか? 反対にこの私が、まだ見ぬどなたかの救世主になるのでしょうか? 答はまさに神のみぞ知るです。
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