セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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ある老夫婦の話・後編

   
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 私が老夫婦の家へ最も頻繁に出入りしていたのは、小学校低学年の頃だろうか。三年生になった時分から地域の少年野球チームに加入し、土日も練習や試合に追われるようになると、自然とその回数も減っていった。
 それでも老夫婦は変わらず私のことを気にかけてくれ、誕生日やクリスマス、そして正月には、必ず何らかのプレゼントやお年玉をくれたものだ。

 中学生になった私の黒い詰め襟制服姿を誰より慶んでくれたのも、老夫婦だった。入学式の朝、三人そろって記念撮影した記憶が残っている。
 しかしそれから間もなく、老夫婦が高知へ引き上げることが明らかになった。

 年寄り二人だけの、縁者のいない土地での生活が心細くなってきたことも理由だろうが、おっちゃんの実家が代替わりして、勘当された頃の確執が薄れてきたこともあったのだと思う。数十年ぶりの雪解けが訪れたというわけだ。

 帰郷日が確定し、その数ヶ月前から、老夫婦がぼちぼち少ない家財道具を整理しだすと、さすがに私も寂しくなってきた。「ああ……ほんまにおらんようになるんや」と、しみじみ思った。
 「○○ちゃん(私の名前)にはほんま世話になったなあ。いつか絶対、鰹のたたき食べにくるんやで。待ってるさかいな」
 絶対やで……くどいほど念押しして、おっちゃんとおばちゃんは、高知へと去っていった。私が学校から帰宅すると、老夫婦の借家はもぬけの殻になっていた。かつてこの場所で三人してすき焼き鍋を囲んだことが、夢のようにさえ思えた。

 以後、老夫婦とは、ひと月に一度電話で、そして年賀状でやりとりした。電話口でも、書面でも、老夫婦はいつだって「いっぺん高知へ来いや。旨い鰹、食わせたるさかい」と繰り返した。
 ほんま、いっぺん行かなあかんなぁ……私がぼんやりそう思い始めた頃、あれは高校へ進学した矢先だったろうか、高知の親族の方から、おっちゃんが亡くなったとの連絡を頂いたのだった。
 若い時分のやんちゃが原因で郷里を飛び出し、見ず知らずの土地を流転し、老いていったおっちゃんである。数十年ぶりに全てが元の鞘に収まり、心底ほっとしたのだろう……死に顔は、きっと穏やかなものだったに違いない。

 それから一年も経たない内に、今度はおばちゃんの訃報が届いた。
 おっちゃんは生まれ故郷で大往生を遂げたわけだが、愛媛生まれのおばちゃんにとっては、高知と言えども「よその土地」である。おばちゃんにしてみれば、若い頃の惨めで哀しい思い出で溢れている場所なのだ。
 おっちゃんに先立たれてからの一年、おばちゃんはどのような思いで日々を送ったことだろう……。
 昔の確執が薄れたとはいえ、田舎でのこと、「かつて網元の跡継ぎを誑かした女狐」そんな冷たい余所者を見る視線に耐え続けた時間だったのではなかろうか。もしそうならば、おばちゃんの生涯は、最期の最期まで突っ張りどおしだったわけである。「なめられてなるもんか」と気を張り続け、死によって、ようやくおばちゃんはほっと重たい肩の荷を下ろしたのである。

 二人が亡くなって、早数十年。私はといえば、香川や徳島へ行ったことはあっても、まだ高知は訪れぬままだ。
 おっちゃんの実家も更に代替わりが進み、今訪ねて行ったとしても、もう話が通じないのではないかとも思うが、いつか二人の瞑る土佐清水の墓地へ行って、墓前に小さな花と老夫婦の好きだったワンカップ大関を二つ供え、こう告げたい。

 「おっちゃん、遅なってしもたけど、鰹のたたきよばれに来たで」
 「それと、おばちゃん、終いまで、よう突っ張らはったなあ」

 【都合三回にもわたってしまったが、この話を書き終えたことで、胸の奥が何だか軽くなったような気がする。
 亡きお袋は、幼い私への悪影響を心配していたが、私にとってこの老夫婦と過ごした時間は、今でも宝であり、かけがえのない記憶である。】
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