セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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第2回NAGOURAマラソン(その5)

   
 65.2km地点の「わんさか大浦パーク」に到着。今大会のエイド設置場所中、飛び抜けて賑やか。よく知らないけど道の駅みたいな所か。
20160314133943230.jpg
 何だか珍しそうな豆腐のエイド食が目に付いたので頂戴する。名前を訊ねると「石豆腐」とボランティアの女の子が言ったので、見た目と異なり歯が欠けるんやないかと心配して口に入れたのだが、何のことはない、普通のやわらかい豆腐だった。
 「どこが石やねん!」とレース後調べてみて、「ひし豆腐」の名称であることが判明。私の聞き違いだったわけだ。
 ひし豆腐とは、枠に入れて固める前のおぼろ豆腐のことで、味噌汁の具にしたり沖縄そばにのせて食べたりするらしい。
 100kmウルトラの胸突き八丁に差し掛かり、胃袋も疲弊してきている折、こういうスープ系はありがたい。
20160314134038974.jpg
 エイドを出発しようとすると、また雨が落ちてきた。当分やみそうもない空模様なので、ビニールポンチョを被った。
 エイドの眼前に拡ろがる海は「大浦湾」。つまり、米軍基地移設計画の場所なわけだ。どおりで先程から「大浦湾を守れ!」的な立て看板が、道端に点在していたはずだ。

 国道に沿ってしばらく進むと、いよいよ出た「名護市・辺野古」の標識。普天間基地は大浦湾へ移設されようとしているけれど、それが無かったとしても辺野古地区は「基地の町」なわけで、
20160314134146d3c.jpg
 私の好きな80年代の角川映画「友よ、静かに瞑れ」(藤竜也主演・下の画像)のロケも、この周辺で行われた。それだけアメリカ統治時代の沖縄の残り香が、未だあちこちに見られる土地なのだ。
20160314134231dc9.png
 やがて70kmを過ぎ、キャンプ・シュワブが左手に拡がる。上部に有刺鉄線の張られたフェンスに沿って、とぼとぼ走り続ける。カメラを向けたい誘惑に駆られたが、どこで監視の目が光っているか分からない。見つかって尋問→カメラごと没収になっては元も子もないので、自重する。

 その代わりと言っては語弊があるけれど、国道329号線を挟んでキャンプ・シュワブと対座している、歩道上のテント群を、一枚撮影させてもらった。これらのテントは常駐で、基地反対の看板や、拡声器のがなり声も、この辺の人にしてみれば日常的な光景の1コマに過ぎないと想像するが、本土から来た私のような人間にしてみれば、けっこうショッキングだ。
 この写真を見て道路の向かいにあるキャンプ・シュワブを想像してもらえたら……とシャッターを切ったが、内心はドキドキものだった。だってジャーナリストのような人間や、観光客がカメラを向けるならともかく、マラソン大会中のランナーが立ち止まってそういう行為に走るのは、見るからにあやしいではないか。もし私がテント村の住人なら、「基地側のスパイではないか」と勘ぐるに違いない。なので立ち止まらず、スロージョグをしながら、こそっと撮影した。「考えすぎじゃい」と言われればそれまでだが^_^;
20160314134322e49.jpg
 てな具合で冷や汗ものの辺野古地区を通過後、豊原地区(74.4km)、久志区(76.1km・第三関門)と雨に濡れながら駒を進め、宜野座村の松田で太平洋ともお別れ。ここから県道71号・名護宜野座線を辿り、沖縄本島を今度は東シナ海側へと突っ切るのである。

 やんばるの森地帯を通った時と同じく、内陸部はアップダウンが連続する。悪いことにここに来て、本日一番のざざ降りとなってきた。
 道の端に雨水が集まり、水流となって坂道を流れ落ちる。足を繰る度に水が跳ね、時には靴ごと水溜まりに浸かる。
 早朝から乾く間もなく濡れ続けたシューズ内の足は、ふやけて膨らみ、50km過ぎくらいから足裏のあちこちに違和感を抱えていたのだけれど、それがこの豪雨で、極限に達した。前足部の足裏の皮膚に「ズルっ!」っという感触あり。ベロリと剥がれたとは思えないが、肉と皮の間に隙間が生じたことだけは確実だ。
 しかし上りあれば下りあり。下りで踏ん張るたびに、足裏のズルっと地帯はじわじわと拡大していく。「ヒーッ!」である(>_<) 辺野古では柄にもなく小難しいことを考えたが、もはやこうなると痛いだけ。写真撮影の余裕など微塵も無し。雨に降られ顔をしかめる惨めなおっさんの姿がそこにあったのでした。

 しかし耐えた。極限まで耐え、足裏は更にふやけて痛みさえ麻痺しかけた頃、前方に東シナ海が。ようやく許田漁港のエイド(83.5km地点)に到着したのだった。
20160314134421e50.jpg
 ここを右折すれば名護湾を左手に眺めながら、一本道でゴールの21世紀の森公園へ帰着できる。が、コースはそれを許しちゃくれない。逆にここで左折を要求し、ゴール会場から我々ランナーを遠ざけようと画策するのである。私はこういうコース設定が一番嫌いだ(好きな人がいたらお目にかかりたい)。
 おまけに左折後が長いんだわ(;.;) 幸喜公園(85.5km)に到着後、ここで折り返すかと思いきや、真の折り返し点はまだ2.5kmも先に設けられているのであった。鬼じゃ! 夜叉じゃ! Uターンを終えるまで、私の毒づきは頂点に達した。

 それでも現金なもので、折り返し後は、ふっと気が楽になった。「あとはもうゴールインするだけじゃ」という気持ちの余裕が生じるせいだろう。すると足裏の痛みさえ和らぐから不思議なもので、二度目の許田漁港までは、上機嫌で後続のランナーにすれ違いざま声をかけた。食えねえ野郎だなあ、俺という男は(笑)
20160314134456c30.jpg
 早くゴールインしたい一心から許田漁港エイドはスルー。その先の数久田バス停エイド(96km地点)まで足を進める。残りとうとう4km、結局終いまで雨、雨、雨のウルトラマラソンやったなあ。
20160314134543f55.jpg
 真っ直ぐだった海岸線がやがて徐々にカーブし始め、行く手に会場らしきものが確認できるまでになった。ああ、あの辺りやろか。朝の早よからぐるっと一周して、離島巡りまでして、逆側から帰ってきたんやなあ……としみじみ。
20160314134626ef2.jpg
 右手前方に闘牛場の石囲いが見え、その円形広場へと突入する。と、あったあった、例の石段! ここから駆け上がった先にあるトンネルまでがNAGOURAマラソンの花道。
 トンネルをくぐり、その先に引かれたゴールラインへと私は到達したのだった。
20160314134700ee3.jpg
 12時間48分58秒……雨に降られっぱなしの100kmウルトラマラソンはこれにて終了した。
 記録証と鞭打ちになるほど重たい焼き物のメダルを首にかけてもらい、風邪を引いては大変と、雨の中、早々にホテルへと撤収したのだった。
201603141347401bd.jpg
 撤収後はホテルの部屋で、ゼッケン止めの安全ピンを使って足裏の水まめ(裏だけでなく、指の股にまで出来ていた)をつつきながら、あらかじめ買っておいたオリオンビール(名護市に本社があるらしい)をちびりちびり飲みながら、今日走ったコースを頭の中で辿り直し、世話になった数々の人や、抜きつ抜かれつしたランナーの顔などを思い浮かべた。しかし、ウルトラを走った直後はいつも思うのだが、自分が本当にそれを成し遂げたという実感だけは、ある程度時間が経たないと湧いてこないものなのだ。
 現実感が希薄なまま、私は南の島に降る雨の音だけを聞き続けた。

 【レースレポートはこれにて終了。あとはレース翌日のちょっとした沖縄散策の様子を記事にして、この度のNAGOURAマラソン遠征記は店じまいとさせて頂きます。】
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