セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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全巻読了

   
 昨年の春に逝去された小説家・船戸与一氏の遺作となった『満州国演義』。新潮社から文庫となって刊行スタートしたのが、ちょうど昨年の今頃で、第一巻「風の払暁」を発売日を待ちかねて購入し、襟を正すような気持ちで読み始めたのを、昨日のことのように記憶している。
 永年にわたり船戸小説の愛読者あり、この遺作が「余命宣告の渦中で執筆された」などと聞くと、私のような単純な人間は、そうせざるを得なかったのである。
IMG00630.jpg
 そんな満州国演義・全九巻が、先日、最終巻『残夢の骸』の刊行をもって、ついに完結した。
 それまでの八巻同様、発売日に書店で購入し、この一年間そうしてきたように、じっくりと味わった。ページを繰るに従って長大な物語は結末へと近づき、原爆投下後の広島をもってついにピリオドが打たれたのだった。

 そして作者による「短いあとがき」と、小説執筆に使用された「膨大な資料」が付された。「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない」との基本姿勢を貫き、「敷島四兄弟」という架空の語り部を主人公に設定しながらも、あくまで作者は「満州国」そのものを真の主役とし、粘り強く、完膚無きまでに描ききることを目的にしていたのではないか……全九冊を読み終え、そんな感触を覚えている。

 その「満州国」という重いバーベルに、奇をてらわずに真っ向から勝負を挑み、押しつぶされることも、ふらつくこともなく、最期まで抱え上げ続けた作者の「腕力」には、感服の一言である。
 「満州という国は、今や日本を縛る重い鉄鎖でしかなくなった」という台詞が作中に登場するが、それは作者に対しても同じで、シリアスで重い題材ゆえに、腕力の細い作家ならば、間違いなく執筆途上で押しつぶされていたことだろう。あるいは変化球で逃げを打ったことと思う。
 だが船戸氏は抱えきった。病身でありながらも担ぎ上げ続けた。「骨太の作家」と言われ続けた氏が、題材のスケールに負けることなく堂々と描き終え、そして逝ってしまった。氏はある意味、「残り一年」という医師の余命宣告さえ凌駕して、重苦しい鉄鎖に挑み続けたのである。

 かつて何かのインタビューで、氏が若い頃、好んで影響を受けたのは、漱石などの文学ではなく、「平家物語」だと明かしていたことがあった。なるほどと思う。
 もしかしたら氏は、「船戸版・平家物語」を世に遺し、去っていったのではなかろうか……一年がかりで満州国演義を読了した今、そんなことを思っている。
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