セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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ライバッハについて(前編)

   
  日本人には馴染みの薄い、東欧のスロベニアという国に、ライバッハ(laibach)というバンドがいる。その活動歴は古く、1980年頃、旧ユーゴスラビア連邦共和国の時代から始まっている。
 当時のユーゴは東西冷戦のさなかで、ソビエト連邦の息の掛かった東側(共産圏)に属していた。今もって詳細は不明だが、どうやらライバッハの音楽活動は、その共産主義に対するレジスタンスという形で開始されたらしい。なので当時は、連邦政府によって国内での音楽活動を禁止されたりもしている。けっこう命がけの危ない橋を渡ってきているのだ。
 彼らは音楽活動にナチズムのイメージを積極導入した。ナチ親衛隊を連想させるコスチューム、軍隊行進さながらの重々しいリズム、プロパガンダ演説のような掛け声などなど、良識人が見れば眉をひそめるようなアナクロニズムを全面に押し出した。それ故様々な誤解を受けたようだし、当時日本でも、「ウケ狙いの一発屋」みたいなキワモノ扱いだった。

 しかし冷静に考えれば、筋は通っているのだ。ナチズムのそもそもの発端は、ドイツに侵攻しつつあった共産主義に対する反発にあったわけだし、後にヒトラーに対する個人崇拝へと発展して道を誤り、ユダヤ人の隔離・虐殺などの悲惨な結末を生み出したが、元々はドイツ民族の「魂の復興」がその主眼であったはずだ。各民族の特有性を認めず、全てを均一化してしまおうとする社会主義・共産主義に決然と抗うべくナチズムは芽吹いたのだと思う。

 なのでライバッハが確信犯的にナチ・イメージを用いたのは、ふざけたパロディでもなんでもなく、1980年当時のユーゴスラビア連邦共和国の状況を、第一次世界大戦後のドイツの状況に置き換え、抑圧下におかれた自分たちスロベニア民族の自主独立の魂を、音楽活動という形で鼓舞することにあったのだと思う。それ故の過激な(誤解を自ら招くような)パフォーマンスだったのだろう。
 ま、彼らがその意図を公式の場で説明したことなど一度もないので、私の推測にすぎないのだが。

 ともあれ、そういった彼らの政治的主張など抜きにして、私は昔から、純粋にライバッハの音楽が好きである。彼らは西側で発明されたテクノ・ミュージックの手法を最初期から導入しているのだが、それでもなお、彼らの曲には「東欧の響き」が満ち溢れており、北欧のエンヤなどの神秘・荘厳性とはまた別種の魅力がある。その出発がアジテーションだったせいなのだろう、とにかく「力強く」「重く」「冷たい」のである。近年流行りの「癒し系」とは真逆の、鋼鉄の手触りが彼らの曲からはするのである。

 過去のアルバムで、ビートルズの「ゲット・バック」をカヴァーしたりしているのだが、彼らの手にかかるとかのポップな名曲も、「力ずくで捻じ曲げられた鋼のような状態(戦車に踏み潰されたかのようと誰かが表現していたが、言い得て妙だと思う)」に変貌し、原曲とは似て非なるものになるのであるが、これがまた癖になるほど魅力的だから始末に終えないのだ(笑)

 「悪魔的」とも評される彼らの力強い楽曲群の欠点は、「気軽に聴けない」ことである(笑) 寝そべって聴いていたりなんかすると、いつしか背筋がシャキッとし、「ああ、こんなことではいかん!」と反省したりしてしまうのだ。ライバッハ・サウンド恐るべし。脳裏を過るのは、もちろん東欧の、寒々とした針葉樹林帯の光景である。
 そんなわけで、私は車中で、嫁や知り合いが同乗している時に、ライバッハを聴かないように肝に銘じている。退かれるのは目に見えているし、まかり間違えば、「お前は極右か!」といらぬ誤解をうけるのが落ちだからだ。我が国の「数少ないライバッハ・ファンの皆さん」、身に覚えがあるのではないでしょうか?(泣)
         

 とまあそんなスロベニアのライバッハが、去年の八月、かの朝鮮民主主義人民共和国で、2日に渡ってコンサートを開いたのには、長年のファンといえどもビックリしてしまった。「えっ、あの国で? マジ?」ってな具合に。
 欧米のミュージシャンとしては初の事例らしく、かなり前からノルウェーの窓口を通じて粘り強く交渉を繰り返し実現にこぎつけたとのことだが、にしても「なんで北朝鮮?」。日本にさえ一度も来たことがないのに(かつて来日公演が予定されていたらしいが、昭和天皇崩御とまともに重なり、ポシャってしまった)。
 そして謎のベールに閉ざされたかの国で、彼らはどのような曲を披露したのか? はたまた公演の真意やいかに?
 音楽史に残る画期的な出来事のわりには、日本で皆目触れられることのなかった彼らの北朝鮮公演。あれから一年が経ち、ここに来てその時の映像やらが公式にアップされはじめた。
 それらについての感想は、次回の記事で。

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ヒトラーの出身地であるバイエルン州は彼の生まれる100年ほど前はバイエルン王国として独立していました。加えて当時オーストリア=ハンガリー二重帝国間の民族問題に対して、ドイツ語系話者で結託し1つに成るべきだ、という国民国家の発想にたどり着きます。道を誤ったのはドイツですが、ヒトラー自身ではありません。


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