セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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ライバッハについて(後編)

   
 前回の記事で紹介した東欧スロベニアの前衛バンド『ライバッハ』が、欧米のミュージシャンとしては初の北朝鮮公演を行ったのは、去年の8月19日と20日の二日間である。
 場所は平壌の「ポンファ・アーツ・シアター」なる芸術劇場で、キャパシティは1500名。入場料が日本円にして一万円台後半らしいので、かなり割高感がある。もし彼らが現在、日本で公演を行ったとしたら、知名度の低さなどから鑑みて、まあ六千円が上限だろうと思うが(笑) まあ、場所が何せ北朝鮮なわけだから、交渉や何やら、準備段階でかなりの費用がかかっているのだろうと推測する(あれこれ掴ませにゃ、前に進まんだろうしね^^;)
 何にせよ、この前後にかの国は、人民に対して「外国音楽取り締まり令」を強化している。「CD狩り」みたいなこともやっていたらしいので、いくら特例で公演が認められたにせよ、ライバッハとて迂闊な真似はできない。んなことをすれば、即座に公演は中止となり、下手すりゃ身に危険さえ及びかねない。
 というわけで、今回は、「将軍様ルック」で衣装なんかも統一してみました。これで事もスムーズに運ぶでしょう。

 おまけにノース・コリア・ツアーのポスターなんかも、こんな風にしてみました。
 ライバッハがその活動当初から実践・提唱している「新スロベニア芸術」で北朝鮮を表現すると、戦闘機&進軍ラッパ、そして……
 目にも鮮やかなマスゲーム風ポスターの出来上がり。製作段階での活き活きとしたライバッハの姿が目に浮かびそう。力入ってます(笑)

 さて、上のマスゲームポスターにもあるように、今回ライバッハに特例とも言える公演許可がおりたのは、朝鮮民主主義人民共和国が「LIBERATION DAY」にあたっていたことも大いに関係しているようだ。訳すれば「解放の日」みたいなニュアンスで、去年の8月は、かの国が、大日本帝国の植民地支配から解放されて、七十年目の節目に当たる、おめでたい年だったわけだ。
 よって外国からも何かしらのゲストを招待して、大いに盛り上がらねばなるまい……というわけで白羽の矢が立ったのが、かなり以前から「いっぺん演らせろ」と熱心に働きかけていた、「東欧の怪しげなバンド」、つまりライバッハだったのである。このご時世に、まだナチスみたいな衣装を着とるわ、おおよそ大衆受けせん音楽やっとるわで、見るからに真意不明で不可解だが、ここはその熱心さ汲んで、いっちょう呼んでやるべか……ってなものだったのだろう時代錯誤という点では、かの国もライバッハもええ勝負や(笑)

 そのようにして実現・開催された「音楽史史上初の快挙(?)」ともいえるライバッハの北朝鮮公演から早一年。この度、公演の様子がライバッハ自身の手で「LIBERATION DAY」というタイトルのドキュメンタリー映画としてまとめられ、先日オランダの映画祭でお披露目され、会場では当人たちのライブも行われたらしい。上のはそのトレーラー。映像化を予め目論んでおり、コンサート・スタッフと映像スタッフの総勢三十名を引き連れての入国だったらしいので驚きだ。彼らがいかにこの千載一遇の機会に賭けていたかが伝わってくるではないか。

 ライバッハ・ファンの私としては、一番知りたいのは、今回の公演のセットリストなわけだが、一公演が四十五分だったらしいので、それほど演目を詰め込むわけにはいかない。その上、北朝鮮当局からの数々の規制もあっただろう。
 こうした条件下での演目は、やはり通常のライバッハのライブとはけっこう異なったものになったようだ。

 オリジナル曲は代表曲「LIFE IS LIFE」を筆頭に少なく、他は映画「サウンド・オブ・ミュージック」から「エーデルワイス」「ドレミの歌」など、そしてライバッハ紅一点のミーナ・シュピーラーがチマチョゴリを着て「アリラン」を熱唱するなど、どちらかといえば「癒し系」の構成。彼ら特有の強迫的な音をあえて控え、「聴かせ」「心に訴求する」方向でいったのだと思う。
 観客層は、地域住民、外交官、観光客、政治家などが中心だった(二万円近いチケットを買える人たち)らしいが、普段海外の音楽を禁じられている人々が、彼らのステージを見て何を感じたのか、私としては興味津々である。
 そして、らしくないセットリストの中に、「ファイナル・カウントダウン」が含まれているのを見て、私はここにライバッハ特有の毒が含まれているように感じたのだ。この曲は「ヨーロッパ」というロックバンドの名曲のカヴァーで、ライバッハが好んで演目にしているのだが、原曲が「ゴールへのカウントダウン」という意味で歌われているのに対し、ライバッハは「破滅へのカウントダウン」と歌い変えている点が味噌である。
 そんな危ない意味の曲を、癒し系演目の中に滑り込ませたのは、紛れも無い「体制への皮肉」であろうと推測する。「破滅への秒読み」……ようこんな曲を、こんにちの北朝鮮の首都で堂々と歌ったと恐れ入る。これまで誤解を物ともせず活動してきたライバッハの、面目躍如といったところだろうか……いや、こんな真似、彼らにしか出来ないと思うのだが。

 彼らの手になる「北朝鮮ツアー」の映像の一部を観て思うのは、誤解を恐れずに言えば、彼らは北朝鮮の個人崇拝の体制を批判はしても、「北朝鮮にもええところはあるんやで」と言っているように感じられることだ。むしろかの国の大衆に対しては、愛おしささえ抱いているように思えてならないのだ。
 澄んだ空気、礼儀正しい人々、ゴミ一つ見当たらない町中……それらがたとえ独裁体制による産物だったにしても、ライバッハは資本主義社会では失われてしまったそうした光景に、ある種の未来を見出しているようにさえ思える。
 実際その裏では深刻な、様々な問題を抱えて存続しているかの国であるが、違った意味で危機に瀕しているのは、我々末期資本主義社会の人間も同じだ。冷戦体制の終焉で、「資本主義の勝利」を声高に叫んだその瞬間から、資本主義社会の凋落は始まっていたのだ。

 今ライバッハが反発しようとしているのは世界を覆い尽くさんとしているグローバル化の波ではないだろうかと想像する。ショッピングモールやファストフードやスマートフォンなどが世界中に浸透し、人々の生活スタイルが画一化の一途をたどっている。民族ごとの特有性は失われ、奥行きのない、のっぺりとした世界が拡大している。
 かつてソ連主導の共産主義に対する反発から活動を始めたライバッハが、アメリカ発のグローバリゼーションに対して「共産主義に感じていたのと同じような嫌悪感」を抱いたとしても不思議に当たらない。あらゆる個性を飲み込んでいくグローバリゼーションに、彼らは21世紀版・共産主義の姿をはっきりと見ており、ささやかな抵抗を試みようとしているのではないだろうか。

 長年彼らの音楽を追い続けてきて思うのは、正体を掴ませないその難解さもさることながら、我が国からはこういうバンド(芸術集団と言うべきか)は、まず生まれないだろうなあということである。彼らは良い意味で「空気を読まない」、「誤解を恐れない」。だからこそ世界で孤立しつつあるあのような国へ入り込み、堂々とパフォーマンスすることも出来たのだ。浮いた存在ゆえの機動力を発揮したのだといえよう。

 ★今回の北朝鮮ツアーのドキュメンタリー映画がディスク化されるのを期待している。かの閉鎖国家の分厚いカーテンをこじ開けたのが、ローリング・ストーンズでもなく、U2でもなく、「ライバッハ」だったのが、なんとも愉快で痛快ではないか(笑)
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