セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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望楼を望む

   
IMGP0003.jpg
 国道24号線を車で走っている最中、少し時間があったので、ふと思いついて田原本の「唐古・鍵遺跡」に寄ってみました。
 奈良県の人なら車窓から、この望楼の上半分を眺めた経験は一度や二度ではないことでしょう。いや、案外あまりにも何気なくこの場所に建っているがために、目にしてはいても記憶には残っていないのかもしれません。
 私にしても、それに近いものでした。かの邪馬台国の時代よりさらに古い環濠集落の遺跡であることは知っていましたが、あくまでも通りすがりにちらっと遠目に眺めるばかりで、実際に唐古池の堤に上がってみたのは今回が初めてでした。
 奈良で生まれ育った者は、大型の古墳や遺跡があまりにも当たり前のように身の回りに散在しているがために、幼い頃から見慣れているようで、実は何も見ていないのかもしれません。厄介なことに奈良の古墳は、遠くから見ているだけでは、木々の生い茂ったただの小山のようにしか映らないものが多いのです。この遺跡にしても、土器の紋様を参考にして復元された望楼がなければ、ただの農業用の溜め池にしか見えないのですから。
IMGP0002.jpg
 それにしてもこの望楼、遠方の敵を監視するためのものだったのでしょうか? 当時は戦乱の時代だったらしく、遺跡の周囲を幾重にも取り巻く環濠跡からは、逆茂木などが発掘されていると聞きます。このあたり一帯は当時の要塞だったのです。今からは想像もつきません。池の周囲は午後の蒸し暑さの中で、ひっそりと静まり返っていました。夢の跡、とはまさにこういうことなんだと思いました。
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