セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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雨がやんだら

   
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 毎年この季節になると、ふと頭をよぎる小説があります。椎名誠さんの短編小説「雨がやんだら」です。
 単行本を読んだのが小学校高学年か、中学に入ったばかりの頃だったでしょうか。とにかく、鮮烈な印象が残っています。この本は椎名さんの短篇集だったので、他にも三編ほど作品が収録されていたと思うのですが、記憶にあるのは「雨がやんだら」ただ一つで、他は見事に忘れています。その後も何度か再読したはずなのですが・・・。
 まあ、その他の作品がまったく印象に残らないほど、この一編のイメージが飛び抜けていたわけです。
 もうこの単行本は手放してしまったので、作品の細部はかなりおぼろげですが、あえてジャンル分けすれば、「近未来SF小説」の部類に入るのだと思います。近年で言えばコーマック・マッカーシー著「ザ・ロード」などと同じ土俵なのですが、作品の雰囲気は真逆と言っても過言ではないでしょう。「ザ・ロード」がカタストロフを迎えた後の、陰鬱で寒々とした世界が舞台なのに対して、「雨がやんだら」はそのような段階さえ通過してしまった妙に明るい世界から物語は始まります。

 南太平洋のビーチを彷彿とさせる、何処とも知れぬ浜辺。頭上では太陽が燦々と照りつけ、漂着してきた幾名かの人間たちは、何をするわけでもなく、文明社会がほぼ跡形もなく消え去ったその場所で、なかば呆然と時をやり過ごしています。
 その中の男性の一人が、波打ち際で、少し大きめのガラス瓶を発見します。どこからか流されてきたであろうその瓶の中には、プリズムと水に濡れて膨らんだ日記帳のような物が入っています。特にやることもない男は、浜辺に座り込み、帳面を最初から読み始めます。

 この日記帳の記述が、この小説のほぼ九割がたを占めています。そして、これがまた、浜辺の明るさとは対極的で、なんとも切ないのです。

 日記の書き手は、少女と推測されます。少女のいる(あるいは、いた)世界は、男のいる世界とは反対に雨が絶え間なく降り続いています。河川からは濁流が溢れ出し、少女が立てこもっている建物の周囲でも、水位が着実に上昇しつつあります。少女が身を寄せる二階の部屋(自宅か?)の内部も、壁紙は湿気で膨れ奇妙な光を放つ黴や、ナメクジのような生物に占拠されようとしています。
 救援の望みはもはや尽きているようです。少女のいる世界では、どうやら地球規模で長雨に見舞われているため、他の人々は自分のことで手一杯か、もしくはもう溺死してしまっているのでしょう。そのあたりの詳細は、小説では明らかにされません。それ故に、尚一層不気味で、絶望的なのです。
 少女は毎日部屋の窓からのた打つ濁流を眺め、雨がやみ、厚い雲の切れ間から光が射す瞬間がやってくるのを祈り、夢想します。来る日も来る日も、それの繰り返しです。
 そして日記は、ある日を境に、ぱったりと記されなくなります。
 少女は助け出されたのでしょうか? もしくは洪水が、ついに彼女の部屋にまで達してしまったのでしょうか? あるいは栄養失調で?・・・少女の結末はすべて読者の想像に委ねられます。読んだ当時、ここで戦慄したのを昨日のことのように憶えています。

 日記を読み終えた男は、少女のいた世界が嘘のような、焼け付く日差しの浜辺で、ガラス瓶に日記と一緒に入っていたプリズムを手に持ち、それ越しに太陽を仰ぎます。
屈折する光のせいなのか何なのか、男の目尻から一筋の涙が伝い落ち、ここで物語は終わりを迎えます。男が少女の父親なのかどうか、明らかにされることはありません。ただ一つ明らかなのは、この浜辺に漂着した人々は、日記の少女を追い詰めた大雨をくぐり抜け、生き延びた人々であるということです。陽光に照らされた浜辺は、少女のいた世界と地続きなのです。あっけらかんと晴れ渡る白の空間が、なおさら少女がいた灰色の世界の悲しさを際立たせます。

 この椎名さんの作品集、どうやら文庫版も現在絶版となっているようです。未読で、もし興味を持たれた方は、中古書店などを探してみてください。案外入手しやすいのではないでしょうか。
 私は、やめておきます。もし今再読したとしても、初めて読んだ際のあの鮮烈なインパクトは、おそらく味わえないでしょうから。人生で最も多感な時期に出会えて幸いだった、小説の一つです。梅雨が巡ってくる度に、思い出すだけにとどめておきましょう。
 
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