セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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海市

   
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 海に縁のない土地に暮らしているせいか、年に一度か二度大海原を前にしたりすると眩暈にも似た興奮に襲われたりします。
 古代の中国人もそうだったのかも知れません。あの広大な国土で内陸に育ったりすると、それこそ一生涯海とは無縁だったことでしょう。だからこそ東の果てには一面の水溜まりがどこまでも広がり、その遙か彼方には、「蓬莱」という不老不死の陸地がある、などという噂がまことしやかに囁かれていたのかも。海に対する強い憧憬が、そのような幻想を生み出したとも考えられます。
 秦の始皇帝の時代、「徐福(徐市)」という方士が皇帝の命を受け、不老長寿の仙薬を求め、童男童女数千人を巨船に載せ、東海へと船出し、ついに再び還ることはなかったと言います。
 この徐福方士は斉の国の生まれ育ちと言われています。つまり東海に面した土地で育まれた人物なのです。幼き頃から大海原の果てに思いを馳せ、もしかすると幾度かは、水平線に揺らめく蜃気楼を目の当たりにしたこともあったでしょう。
 古代の中国人はこの光の屈折現象を、海中に「蜃」という怪物がいて、それが気を吐いて海上に楼閣を出現させるのだと考えていたようです。ちなみに白昼はるか海の向こうに忽然と人の住む町が浮かび上がる現象を「海市(かいし)」と呼んでいたそうです。

 日本がまだ「倭」と呼ばれていた時代、京都丹後半島や若狭、そしてこの度私が訪れる越前三国は、大陸や朝鮮半島からの漂着が多かった土地と一説には言われています。徐福船団の言い伝えが真実なのだとしたら、船団の一部は、あるいは現在の三国港の付近に流れ着いたのかもしれません。
 三国港に佇むとお天気にもよりますが、「海市」を目の当たりにする幸運に恵まれるやもしれません。大昔の斉国の沿岸で徐福の眺めたそれが「倭国」の光景だったとすれば、この21世紀に私が「倭国」から眺めるそれは、現在の中国沿岸部の光景か? はたまた時空を越え、徐福が生きていた時代の中国の光景か? そんなイマジネーションを膨らませるに足るほど、内陸人の私は「日本海」という響きにまっこと弱いのです。
 でもほんと、海市が見られるといいなあ…。
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