セコさと意地だけで挑むマラソン大会や、しみじみとした日常を綴ります。



   
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まんた1968

Author:まんた1968
数年前からランニングを続けている奈良県在住のオッサンです。
年に二、三回ですが、ウルトラマラソンにも挑戦しています。
タイムは凡庸なものですが、完走を目標に意地で走りつづけることを得意としています(笑)。

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第24回 2017えびす・だいこく100kmマラソン②

   
 さて午前5時半、ついにスタートを切った100km個人の部。美保関周辺の住民の方々の温かい見送りを受け、しばらくは島根半島の南側(境水道側)を海沿いに西進する。

 5km地点に達した辺りで境水道とはお別れし、半島の内陸部へ舵を切る。とはいえ南北には短い島根半島なものだから、日本海側へ出るのに、それほど時間はかからない。が、当然、半島縦断の際には、ちょっとした峠越えのようなものがある。

 7km地点辺りで、眼前に日本海側の風景が拡がる。これから55km地点くらいまでは、基本的にずっと半島の日本海沿岸を走り続けることになる。
 
 島根半島の日本海側は、地図を見れば一目瞭然だが、リアス式というのか、波の侵食によって複雑な海岸線を有している。
 あちこちに小さな入江があり、そこには民家が肩を寄せ合うようにして建っている。
 赤瓦の屋根が多いのも、この辺りの特徴だ。
 複雑な海岸線に沿って走るということは、イコール、小さなアップダウンが、目まぐるしく巡り来ることを意味している。この展開……「京丹後ウルトラ」の序盤と大変良く似ている。
 朝日まばゆい中、互いの健闘を誓いあったアベベさんの後ろ姿を視界に捉えながら、小気味よく登坂し、
 ピークを越えてちょっと下ったと思ったら、また次の登坂。
 村岡ダブルフルの激坂に較べれば、正直どうちゅうことないレベルと言える。清々しい朝の日本海を右手に、テンポよく走り続けていけば、気温が上昇する前にある程度距離を稼げるんでないかい?

 ……などと一瞬、調子の良いことを考えたが、幾つかのアップダウンをクリアし終えた時、妙な不安が頭をもたげた。一言で言うなら、「調子づいてしまう」ことへの懸念である。
 村岡のような激坂だと、後々のことを考慮して、思い切って「歩きを加える」ことに躊躇いはないのだけれど、これくらいのレベルの坂だと、斜度といい、ピークまでの距離といい、「走って乗り切ってしまえる」から、逆に不気味なのだ。
IMGP0821.jpg
 同じことをアベベさんも感じていたらしく、
「息の抜きのポイントが分からないだけに怖いですね。後半、効いてくるんじゃないかなぁ……」
 と、一抹の不安を口にした。
IMGP0822.jpg
 アベベさんも私も「えびだい」は初めてだけに、前半どのくらいセーブするのが理想なのか、皆目見当がつかない。幸いこの大会は、「10回以上完走」されているランナーさんは、ゼッケンの色を区別している。
 コース中のどの辺りがピークなのか、早い内にエイドなどで訊ねてみた方が吉なのかもしれない。

 そうこうする内に、七類港(13km地点)に到達。どでかいフェリーが停泊している。
 「くにが」という名のこのフェリーは、隠岐汽船の船舶で、隠岐の島へ向けて就航しているらしい。二週間後に「島根ウルトラの神」を目指して隠岐の島ウルトラに出場するランナーさんは、ここから乗船するのだろうか。

 七類湾を後にして、次なる玉結湾も無事通過。
 そして片江湾の中央集会所前に設けられた片江エイド(17km地点)に到着。
 飛ばし過ぎはいかん、と反省し、ここへ来て「まったりモード」へ切り替えようと腹をくくった。
 にしてもこの大会、エントリー代が安いにもかかわらず、食べ物がけっこう豪華。初出場なので念のために、自販機用にと小銭を携帯しているが、この分だと必要ないかもしれない。

 それはそうと、写真に半分だけ写っている着ぐるみランナーさん。
 たぶん地元の方で、常連さんらしいのだが、出雲神話にちなんで「因幡の白兎」の仮装で走っている。
 その姿はもう傍から見ているだけで熱中症になりそうなレベルで、大丈夫なんかいな……と心配になるほどだ。
「宍道湖の辺りで、たぶんバテバテになりますよ」と本人も仰っていたが、とにかく「どえらい(凄い)」お人で、しかも若い女性だったりする。
 おっさん、ファンになっちゃいました(笑)
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第24回 2017えびす・だいこく100kmマラソン①

   
 一夜明けた5月28日(日)、大会当日。
 午前2時起床。前日に買っておいた惣菜パンなどをそそくさと食し、洗面、トイレ、着替えを完了。雲一つない快晴の一日になりそうなので、露出した肌にはサンオイルを念入りに塗り、午前3時過ぎ、ホテルを出る。

 美保関行きのマラソンバス乗車地は「松江市役所前」と「JR松江駅南口」の二点と決まっており、私が向かったのは後者で、ホテルから徒歩5分。申込み段階では前者を予約していたのだけど、ホテルが駅近辺でしか押さえられなくて(注・安ホテルに拘るあまり)、大会直前にメールを入れて、松江駅に変更してもらったのだ。
 お陰で、起き抜けに2km強も歩かなくて済んだ。快く変更に応じてくださった実行委員会の皆さん、本当にありがとうございます(_ _)

 3時40分、スタート地点に向けてバスが出発。夜明け前で景色が分からないけれど、どうやら前日と同じルートで美保関へ向かっているようだ。
 隣り合わせになった山口県のウルトラランナーさんと話している内に、50分の道のりなどあっという間、美保関の漁港が近づいてきた。
 バスは前日受付のあった「文化交流館」の前に停車。その後、私の場合はゴール地点に搬送してもらう手荷物を預けるだけでスタート時刻を待つばかりだけど、当日受付のランナーさんもけっこういるみたいだ。地元の方々なのかしらん。

 午前5時半のスタートまでまだ1時間ばかしあるので、前日お参りした「美保神社」に再び向かうことにする。今回は走り込み不足が明白なので、完走できるかいつにも増して不安。だから尚更の神頼み。念には念を。「調子のエエやっちゃ……」って神さん、呆れてはるやろなぁ(笑)
 まあ、考えることは皆一緒ちゅうか、拝殿には案の定先客あり。
 夜明け前の美保神社は昼間の姿とはまた違っていて、なんとも厳か。しかしウルトラマラソンのスタート直前に神社に参拝した経験なんて、「奥熊野いだ天ウルトラ」の那智の滝以来やなぁ。さすが出雲の大会といおうか、ちょっと他のマラソン大会とは趣が異なる。

 さてさて「これで神さんも走らせてくださるやろ」などと他力本願、練習不足の己を甘やかしまくって神社を後にした言語道断ランナーの私は、スタート地点の設けられた参道の入口へと引き返したのである。
 午前5時……スタート半時間前。夜が明けてきて、ランナーが徐々に集結しつつあった。

 と、どこやらともなく、大会名にちなんで「えべっさん」と「大黒さん」が登場! 「えびすさま」と言え!、とお叱りを受けそうだけど、関西人の私にすれば、やっぱ「えべっさん」と親しみを込めた呼び方がしっくりする。「商売繁盛、笹持って来い」ちゅうやつですわ。下世話でえらいすんまへん(笑)
 釣れた鯛のなんと「ユルイ」造形。サービス精神旺盛な神様たちは、記念撮影の依頼に次々と応じていくのだった。
 本来ならここへ島根県公認のゆるキャラも登場して場を盛り上げてくれるらしいのだけど、今回は他に仕事があったのか、出現せず(笑)

 余興も終了し、さあいよいよスタートが迫ってきた。
 前日同様、ここでも千葉のアベベさんを発見。今回もその姿は無論のこと「お遍路さん」。
「足の調子が悪くって、あんまり走れていないんですよ。ヤバイっすね」とアベベさん。
 愛用シューズのゲル・サロマが耐久年数を突破し、インナーが破れて、ヒールカップが踵に擦れて痛いとのこと。
「買いに行っている暇なかったんですよね」
 アベベさん、ヒールカップと踵の隙間にテッシュを詰めたりして凌ぐようだ。だ……大丈夫か?(・_・;)
 
 見かねた私からの、アドバイスは次の通り。
「いっその事、裸足で走ったらどないですか。ま、仮設トイレに入る際、躊躇するやろけど」って、糞の役にも立たん助言やなぁ。こんなことしか言えん自分が情けないわ(笑)
 そして5時半、「個人の部」がついにスタート。この大会には「チームの部」も設けられていて、個人の部の半時間後に第一走者がスタートするらしい。
 ま、チームの部は数名でたすきリレーをしていくからいいものの、我々個人の部は、それこそ「エッチラオッチラ」100kmの道のりを、己の足のみで辿っていかなきゃならないわけで、その第一歩を踏み出したに過ぎない。
 ゴールの「出雲大社」は遥か彼方。島根半島を東から西へ……ワンウェイコースで、しかも初出場なものだから、行く手に待ち構える全てが新鮮に映ることだろう。
 それにしても、暑い一日になりそうだ。
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第24回 2017えびす・だいこく100kmマラソン(前日受付・松江〜美保関)

   
 5月27日(土)、待ちに待った「2017 えびす・だいこく100kmマラソン」出場のため、島根県は松江市へ向けて出発。鳥取や山口へ行ったことはあっても、島根は今回が初めてだったりする。高まる期待感。

 午前10時、京都駅の烏丸口バスターミナルから、高速バス「出雲エクスプレス」に乗車。
 道中、安富と蒜山高原のサービスエリアでトイレ休憩をはさみ、JR松江駅まで5時間のバス旅。三列独立シートなので窮屈さもなく、文庫本を読んでいる間にいつしか島根県へ入っていた。

 予定時刻よりもやや早く、松江駅北口のバスターミナルに到着。昼食はサービスエリアで買って車内で済ませた。
 前日受付会場の美保関へ向かう送迎バスの出発が午後4時なので、まだ1時間ばかし余裕がある。駅から徒歩5分の「松江アーバンホテル」にまずチェックインし、大きな手荷物は部屋に置いていくことにする。
 さあ身軽になったことだし、再出発。フロントのお姉さんに松江市内の地図を頂戴し、送迎バスの乗車地である「松江市役所前」まで徒歩移動。が、この距離、事前に解っていたのだけど、2km強もある。大会前日にあまり歩きたくないのだけど……。
 松江市内の真ん中には東西に大きな川が流れていて、この川が中海と宍道湖を結んでいる。つまり川の水は海水だというわけだ。
 川を挟んで松江駅は南側、市役所や松江城は北側にあるので、橋を渡らねばならない。ほぼ等間隔に渡されている4つの橋の内、最も短そうな橋を渡り、北側へ。
 そこからレトロな雰囲気の商店街などを通り、松江市役所前に到着。ちなみに明日のゴール地点である出雲大社前と松江市を結んでいる一畑電車の「松江しんじ湖温泉駅」は、市役所のすぐ西側にある。
 明日無事にゴールできたとしたら、この一畑電車に乗って松江まで戻って来る(ゼッケン提示でランナーは無料になるらしい)ことになるので、完走後のボロボロになった足で夜道をホテルまで歩くことを想像すると、今から何とも気が重い。ま、そんなこと、完走してから考えりゃええわけだけど(笑)

 午後4時、美保関行きの送迎バスが発車。片道1時間弱の道のり。最終便だというのに車内は六割程度の乗車率。
 右手に中海や境水道を眺めながらの島根半島のバス旅。境水道の南側にある「鳥取県境港」は、漫画家の故・水木しげる先生の生まれ故郷として有名。ファンなので、大会翌日、水木しげるロードを訪れてみたい気もするが……そんな気力残ってないか(笑)

 午後5時前、島根半島のほぼ東端に位置する美保関に到着。
 「美保関文化交流館」で前日受付。
 ゼッケンや参加賞を頂戴し……
 続いて大会ボランティアの皆さんに、「つまらないものですが」と手土産のお菓子をお渡しする。むろん強制ではないが、このユニークな「手土産制度」に興味を惹かれ、私はこの大会に出てみたいと思ったのもまた確かだ。
 マラソン大会にとって出場者は言ってみれば「お客」なわけだけど、おもてなししてくださる多くの関係者の方々は、貴重な土日の二日間を、皆さん無償で我々ランナーのために割いてくださっているのである。なので、「お世話になります」の気持ちを込めて、ちょっとしたお土産を持っていくのは当然と言っちゃ当然、そのことで参加者と運営側の親密度もうんと増すってものだ。
 他のウルトラマラソン大会も、ぜひこの制度を導入してみてはいかがなものか。
 ちなみに私は、地元でそこそこ有名な和菓子屋の菓子をお持ちした。エイドで出すなり、スタッフさんで分けるなり、とにかく喜んでいただけると良いのだが。
 ボランティアさんへの「一言メッセージ」を添えて手土産を提出する。すると「奈良県からお越しのまんたさんから頂きました」と大きな声でコールされ、次いで会場のスタッフさん全員から声を揃えて「ありがとうございま〜す!」のコール。
 て……照れ臭い(^_^;)……けど、「ええ大会に来たなあ」としみじみ思った瞬間であった。

 さあ、受付も無事終了したことだし、明日のスタート地点である「美保神社」に参拝。文化交流館から歩いてすぐ。
 第一の鳥居を潜る。
 その奥の二つ目を鳥居を潜り、石段をあがると、ぶっとい注連縄。
 その向こうに社務所と拝殿があり、
 5時10分から拝殿では、明日の100kmマラソン完走祈願のお祓いが行われるらしく、ランナーが正座しているのだが……
 私のように松江市内に引き返す者は、5時半発のバスに乗らないといけないので諦めざるをえない。お祓いを受けている方々は、たぶんここ美保関の旅館に宿泊されるのだと想像する。

 お賽銭を投入し、合掌。引き返そうとすると、このブログでもおなじみの千葉県のウルトラランナー「アベベさん」を発見! 悪夢の伊豆大島(笑)以来、およそ二ヶ月ぶりの再会。
 出場されるのは分かっていたけど、ちょうどええとこで会えたものだ。

 アベベさん、せっかく美保神社へ来たので、社務所で御朱印を貰っていくという。お遍路さん装束で走られるアベベさんのことだから、旅行に朱印帳を持参していても何の違和感もないが……やっぱそっちの趣味もあったんやねと改めて納得した(笑)

 アベベさんが社務所に向かったので、信心深くない罰当たりな私は、バスの発車までのわずかの時間、第一鳥居の脇にぽっかりと口を開けている、「青石畳通り」を散策。
 この風情のある通り……実は水木しげる先生のエッセイなどにちょくちょく登場しており、前々から憧れていたのである。
 その名の通り、ねッ、石畳が青色に見えるでしょう? 
 水木先生は幼少の頃、のんのんばあ(当時水木家でお手伝いをしていたお婆さん)に連れられて、境港から美保関によく来ていたらしく、中でもこの青石畳通りがお気に入りだったとか。
 夕刻、人通りのない通りにぼんやり佇んでいると、どこか遠くから、微かに鬼太郎の下駄の音が聞こえてきそうだ。カラン〜コロン〜の原点はここにあったのか……と私は一人で納得したのであった。

 午後5時半、松江に戻る送迎バスに乗車。アベベさんと隣合わせだったので、話が弾んだ。
 アベベさん、岡山まで新幹線で来て、そこからバスで松江入りしたそうで、大会翌日は出雲空港から飛行機で帰るという。
 今夜の宿泊先も私のビジネスホテルにほど近かった。

 松江市役所前に戻ってきたのは、午後6時半。二人して2kmの道のりを、松江駅方面まで引き返した。
 せっかくなのでゆっくり出雲そばでもすすりたかったが、明日は午前2時起きで準備をしなくてはならない。よってコンビニで夕食と朝食を買い込み、大人しくそれぞれのホテルへ引き上げた。

 食事と風呂を済ませ、早々と就寝。明日は夜明け前に、松江駅南口からバスで美保関に向かう。
 雨の心配は全くなし。暑くなりそうだが、こちとら伊豆大島で寒さに音を上げた身(笑) 暑いの歓迎! 水かぶりゃどうにかなるわい!と大きく構え、眠りに落ちたのであった。
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2017えびす・だいこく100kmマラソン(結果報告)

   
 一ヶ月以上のご無沙汰で申し訳ありません^^;
 ここのところ仕事に忙殺されており、ブログにまで気が回らない状態でした。

 そんなわけで今年の2月に申し込み、抽選にまで当たった「第24回 2017えびす・だいこく100kmマラソン」出場も、一時は断念まで考えねばならんようになり、鬱々とした日々を送っていたのですが、どうにか都合をつけ、出場を果たすことが出来ました。
 前々から出たかった大会だけに、本当に良かったε-(´∀`*)ホッ

 とは言え、当然走り込みなど出来ているはずもなく、3月に出て低体温でリタイアした「伊豆大島ウルトラランニング」の精神的ダメージも引きずっているものだから、内心は冷や冷やものの出走です。
 終盤まで足が持つかどうか……初出場なのでコースが良くわからない(特にアップダウンが)ため、尚更不安です。
 おまけに当日は雲一つない「夏日」。どっひゃ〜!です。

 でもでも、ワシゃ、寒さには弱くても、「暑い辛抱は出来る」んです。
 日がな一日太陽にあぶられ、宍道湖の照り返しにあぶられ、ヘロヘロになったのは確かですが、それでも、「伊豆大島で味わったあの寒さ」に較べれば、まだ我慢できます。
 いやむしろ、汗が吹き出てくることが嬉しかったりする。伊豆大島では汗どころか、骨の髄まで寒さが染み渡りましたから(笑)

 というわけで、
 13時間32分47秒……練習不足のため村岡並に時間は掛かりましたが、とにかく完走です。何にしても良かった。
 これを逃すと、次は「完走の見込み薄い(笑)村岡・勇者の道」なものだから、今年に入ってウルトラ三連敗になってしまうところでした。「負け癖」じゃないですけど、それだけは何としても避けたかったわけです。

 「名誉挽回」という意味でも、ほんと記憶に残る大会になりました。もしかすると村岡に次いでお気に入りになるかもしれません。
 来年も抽選に当たりさえすれば、ぜひ出場したいですね。

 とりあえず今回は結果報告まで。
 まだまだ忙しさは続くので、大会レポートは一月くらいかけてぼちぼち纏める予定です。乞うご期待(_ _)
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TOWA TEI in和歌山

   
 4月22日(土)、テイ・トウワさんのDJを聴きに、一泊で和歌山市まで行ってきました。
 テイさんのDJに足を運ぶのは、実に十数年ぶり。いや、その他のクラブDJはおろか、そもそもライブ自体に行くのが久しぶりなもので、この度は「カムバック青春」といったような心境で、かなり意気込んで参加しました。
 見た目も実際もすっかりオッサンしてしまいましたが、「老け込むにはまだ早いぞ」と(笑)

 といっても当日はギリギリまで仕事に追われ、現地入りしたのは夕方。
 JR和歌山駅近くのビジネスホテルにチェックインし、その後、駅前のロッテリアで軽めの夕食。和歌山ラーメンを食うつもりでいたのだけど、クラブイベントは基本的にスタンディングで密集度が高いため、エチケットではないが、臭いのする食べ物はひかえることにした。
 そんな気配りが出来るってことは、まだまだオッサンに染まりきっていない証拠だ。この際あがいてやるとするか(笑)

 食後、徒歩で会場まで移動。距離にして2kmくらいか。
 今夜の舞台である和歌山RICHEは、和歌山城の道路を挟んで北側に聳えるモンティグレという商業施設の一階にある。このモンティグレ、一階と二階がテナントで、三階から上がホテルとなっている。
 正面はこんな感じで、店内は下のような感じ(両方共ネット画像から拝借)。
 ネットの説明だと「ブルックリン・スタイルのカフェ&ダイニングバー」ということで、つまり純粋なクラブではない。音楽イベントも可能なレストランといったところか。
 このお店が本日は通常営業を昼過ぎに終え、夜は「TOWA TEI EMO Release Party in和歌山」の舞台へと早変わりするのである。

 午後7時にパーティはスタート。一人目のDJは女性。テーブルや椅子が撤去された店内に集まった人影は、まだまばら。普通の音楽ライブと異なり、クラブイベントは、スタートしてからも順次ぞろぞろと客が集まってくるのが常で、個人的にはこういう「ユルさ」が大好き。目当てのDJのプレイが終わったら、抜け出して帰ったっていいわけだ。
 「肩肘張らずに、思い思い、踊るも良し、聴くも良し、飲むも良し、語り合うも良し、とにかくワイワイ一晩楽しみましょう」ってのがクラブイベントの良さだと思う。だからこの齢になっても、ふと行きたくなってしまうのよね、そんな自由度に惹かれて。
 途中でトイレに行きたくなったら、いったん店を出て、モンティグレ一階の共用トイレを使うようになっている。春の夜に浮かぶ和歌山城。ライトアップされて真に綺麗。
 用を済ませ、お目当てのテイさんの登場はまだ先のようなので、モンティグレにある大型書店にふらっと入店。ぼんやり文庫本の棚を見ていると、細野晴臣さんのエッセイ「アンビエント・ドライヴァー(ちくま文庫)」を発見! これ、前々から探していたんだけど、小さな書店では置いていないのよね。迷わず購入。
 しかし、テイさんのDJパーティの真横でこの本を見つけるなんて、なんだか不思議。実はこの文庫本の解説をテイさんが担当しているのである(帯のコメントはコーネリアス)。遅ればせながら会場の物販コーナーでニューアルバムの「EMO」も買ったことだし、万々歳。あとはテイさんの登場を待つばかり。
 手首のタグを係員さんに示して、再度入店。
 7時にスタートしたパーティは、一人一時間の配分で、この時三人目のDJが回していた。

 それから約20分後の午後11時、本日三人目のDJさんから、ついにテイさんへとノンストップでバトンが手渡された。客の入りも込みすぎず少なすぎずええ塩梅。店内がそれほど広くないので、手の届きそうなほどの距離に、あのテイ・トウワがいる。感激のあまり鳥肌が立つ。とにかく数十年ぶりの「生テイ・トウワ」だ。去年METAFIVEのライブに行きそびれたので、尚の事嬉しい。
  場内は原則として写真撮影禁止だったが、思わず一枚パシャリ。CD購入したことだし、どうか許してくだされ。細野さんのエッセイも買ったことだし、どうぞご勘弁を(_ _)

 テイさんは「テクノヴァ」からスタートし、「アップル」、「アップロード(バッテリーの充電が完了しました、というアレ)」、そしてMETAFIVEの「Dont Move」などを次々と繋いでいく。
 ディーライト時代から追い続けてきたファンとしては、「やっぱテイさん最高!」の一言。同じく日本を代表するDJの石野卓球などと比較されることの多いテイさんだけど、私の中では「100対ゼロ」でテイ・トウワの圧勝。砂原良徳となら「80対20」で、これまたテイさんの勝ち! 電気グルーヴ勢の完敗(電グル・ファンの皆さん、ごめんなさい)。

 というわけでおよそ一時間の「生テイ・トウワ」を心ゆくまで堪能し、日付が変わった午前零時過ぎ会場を退出。来た時とは逆に、今度は風俗店の看板が煌々と輝くいかがわしい裏通りを歩いてホテルまで帰ったのだった。
 断っておくが、入店したわけではない。だだ昔からの癖で、良いDJを聴いた直後は、何故か無性にそういった場所を歩いてみたくなってしまうのだ、私という人間は。

 つまり、それだけテイ・トウワが良かったのだ。「女🔴寮」という看板を見上げながら、ホテルへの帰途、私はしみじみそう思ったのだった。
 これぞ私にとっての「エモさ」である(笑)
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